11 匂い

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 大きな温かい手がわたしのおでこを触ってきた。  次に頬を触って、首筋も触っていく。 「熱は下がったようだな……」  ほうっと、息を吐いたのが聞こえた。 「ん……」  目を開けると、冬十郎がわたしの顔を覗き込んでいた。 「おはよう、姫」 「おはようございます、冬十郎様」 「まだ、眠いか?」 「いいえ、起きます」  返事をすると、背中に手を入れて上半身を起き上がらせてくれた。 「体の調子はどうだ? どこか痛いところはないか?」 「大丈夫です」  わたしの頭にポンポンと軽く触れて、冬十郎はするりとベッドから降りた。  起き抜けなのにきびきびとした動きで、カーテンを開けていく。この部屋のそれは自動で開閉しないらしい。  冬十郎が動く度に結んでいない黒髪が肩甲骨あたりでさらさら揺れるのを、わたしはぼーっと見ていた。  冬十郎が着ている紺色のパジャマと、わたしが着せられているぶかぶかのパジャマが、色も形もよく似ている。 「これ、おそろい……?」 「ああ」  冬十郎は少し笑った。 「あの女の用意したものは小さすぎたからな。とりあえず私のものを着せたんだ。体調が良ければ、今日にでも服を買いに行こう」  わたしはちょっと驚いて聞き返した。 「買いに、行く?」 「ああ、どういうものが良いのか、姫の好みを教えてくれ」 「一緒に行って、いいんですか?」  冬十郎は微笑んでうなずいた。 「私に女の子の服は分からぬ」 「わたしが、自分で選ぶんですか?」  何度も聞き返すわたしに、冬十郎は少し首をかしげ、そばに腰を下ろした。 「姫は私に甘えたいと言ったであろう? 私も姫を存分に甘やかすと決めたのだ。姫の好きなものを何でも買おう」 「何でも……」  なんだか、ぴんと来なかった。  自分で自分の服を選んだことが無いから、それが甘やかすということなのかもよく分からない。 「すまん。見当違いのことを言っているか」  冬十郎が少ししゅんとしたように見えて、わたしはあわてて笑って見せた。 「いいえ、嬉しいです。一緒にお出かけ」  わたしが笑うと、冬十郎もつられたように笑い返してくれた。   その笑顔を見たら、なんだか本当に楽しみな気がしてきた。 きれいな冬十郎は、笑うといっそうきれいだ。 「冬十郎様」 「ん?」 「ぎゅって、してもらってもいいですか」  冬十郎は、ちょっと瞬いてから、また笑った。 「ああ、もちろん」  腕を開き、小さい子を抱っこするように抱き寄せてくれる。  あったかくて、いい匂いがして、心臓の音が聞こえる。  大きな手が優しく頭を撫でてくれる。  少しの間、その心地良さをうっとりと堪能して、ふとわたしは顔を上げた。 「冬十郎様、おちっこ……」  ぴしり、と。  まるで石化の呪文のように冬十郎が固まったのを見て、ありえない誤解をされているのに気付いた。  つい雰囲気につられて幼児のような口調で言ってしまったためだ。少し前に、そういう口調を好む『親』がいたので、うっかり出てしまったらしい。 「ち、違います。違います。トイレもお風呂も着替えも一人でできます。場所が知りたいだけです」 「……そうか」  明らかにほっとした顔をして、冬十郎はベッドから立ち上がった。
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