02 呼ばれる

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02 呼ばれる

 加賀見『冬九郎』の葬式は身内だけで形式的に行われた。  享年72歳。  存外に長く使った名だったが、さすがに限界だった。  今日からは、白髪混じりのかつらも付け髭もサングラスも要らない。  加賀見『冬十郎』は、戸籍上25歳。変装のようなことをせずともよいというのは、かなり楽だ。  よく似た他人の遺体を火葬し、骨を拾い、納骨する。  冬七郎の葬式の時には複雑な思いを抱いたものだが、冬八郎、冬九郎と、自分の葬式も三回目となればもう特別な感慨はない。ただの一区切りといったところか。  目下の悩みは次の名前だ。冬十一郎では座りが悪い。冬をつけるのをやめて、ただの十一郎にでもするか。それとももう一度、冬一郎からやり直すか。 「よう、冬九朗。若返ったな」  一通りの儀式が終わり、ほとんどの者が帰った後、葬式には不似合いな明るい声が私を呼んだ。 「冬十郎だ、恭介」 「お、そうだったな」  黒の紋付き袴に軍靴のようなブーツを履いた大男が、「とうじゅうろう、とうじゅうろう」と口の中で呟く。 「面倒なことをするものだな。いちいち死んだことにして名を変えるとは」 「人の社会と深く関わって生きるには仕方あるまい」 「あんたのところも裏稼業だけにすれば良いではないか」 「表の仕事も気に入っているんだ」  冬七郎を名乗っていた頃に、葬儀会社と、清掃会社と、リフォーム会社を立ち上げた。  裏稼業に都合が良かったからだが、今では普通の人間も雇って支社まで作り、少しずつ規模を広げている。 「がつがつと働く必要があるか? 不動産やらなんやらと相当資産を持っているのだろう」 「人と交わる生活の方が好ましい。常に時間が流れているから」 「へぇ……なるほど」 「恭介、面倒なら来なくてもよかったのだぞ。誰が死んだわけでもなし」 「ああ、ちょっと悪趣味な儀式が気になっただけよ。だが、思いのほか退屈であった」  のんきな言いように苦笑が漏れる。  鬼童恭介、外見は三十代半ばといったところだが、本当の年齢は私と同様に見た目通りではない。 「どうだ、この後うちの屋敷へ来ないか」  恭介が手酌のような仕草をして誘ってくる。 「屋敷? このまま京へ帰るのか」 「いやこっちの別荘の方だ。清香も呼ぼうかと思ったが連絡がつかん」 「どうせ新しい男のところだろう」 「……ああ、違いない」  恭介が苦笑する。  私はふと、こめかみを指で押さえた。
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