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玄関のそばにトイレと浴室と洗面所があった。
リビングの奥にも、トイレと浴室と洗面所がもう一つずつあるらしい。
「姫はこちらを使いなさい。奥のを私が使おう」
脱衣所にはふかふかのバスタオルと、セーターや下着などの衣類が用意してあった。
「昨日ここへ来た女の人を覚えているか」
ドキッとした。
わたしを指差して、『タチの悪いもの』と言った女だ。
冬十郎に向かって、わたしから離れろと叫んでいた……。
「そんな不安そうな顔をしなくてもいい。あの人は加賀見清香といって、私の叔母で、医者でもある。君の手と……首の火傷と、それと右足首の、傷の治療もしてくれた」
「足……?」
手の傷と首の火傷は覚えていたが、足は何だっただろうか。
「ロープの跡がな、少し」
と、わたしの足を見下ろす目が悲しそうに瞬く。
「ああ……」
コブトリがわたしの足をロープで縛ったことを忘れていた。
冬十郎はまたわたしを哀れでかわいそうだと思ったんだろう……。
「この服も、叔母上が昨日の夜に急ぎ買ってきてくれた。出掛けるのにパジャマのままでは困るだろうと」
わたしは置いてある服を見て、次に自分の右手と足首を見下ろした。正方形の白い絆創膏が貼ってあって、網のようなものがかぶせてある。
「本当はとても優しい人だ。怖がらなくていい」
わたしにとって、あの女が優しくても、優しくなくても、あまり関心が無かった。
冬十郎から離れろなどと、もう言わないでくれればそれで良かった。
ただ、冬十郎があの女を気にしているのなら、受け入れるふりくらいはしなくちゃいけないだろう。
今まで、色々な親の望む色々な子供を演じてきた。
これからは、哀れでかわいそうな子供を演じて、冬十郎に優しくしてもらうのだから。
「分かりました」
わたしは、素直にこくりとうなずいた。
冬十郎がほっとしたように微笑む。
そのきれいな瞳をじっと見つめる。
冬十郎はちょっとまぶしそうに目を細めて、じゃあ後でと言って出て行った。
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