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トイレを済ませて、シャワーを浴びた。
シャンプーもボディーソープもそこにあるものを使わせてもらったが、冬十郎のような甘い匂いはしなかった。
あの人は香水でもつけているのだろうか……?
着替えを終えてドアを開けると、そこに冬十郎が待っていた。
「え」
いつからいたのか。
びっくりして見上げるわたしに、冬十郎は爪切りを差し出した。
「使うだろう」
使うのが当たり前だという顔をしているので、素直に受け取る。
でも、一昨日切ったばかりで、あまり爪は伸びていない。
不思議に思って自分の爪を見ていると、あ、と小さく声が聞こえた。
狼狽えたように爪切りを取り戻してポケットにしまい、「伸びてきたら切ってあげよう」と冬十郎が早口で言う。
よく分からないけど、わたしは「はい」と返事した。
冬十郎は別にずっとここで待っていたわけではなく、身支度は終えているようだった。
髭はきれいに剃られていて、髪はゆるく後ろで束ねられ、わたしが着ているものとよく似たセーターとジーンズを履いている。
「髪が濡れているな」
と、長い指がわたしの髪に触れた。
ついその指先を見てしまうが、爪は短く切りそろえられていた。
「あ、えっと、ドライヤーがどこか、分からなくて」
「そうか、おいで」
手を引いて中に入り、わたしを大きな鏡の前の椅子に座らせる。
冬十郎は鏡の横の壁をぐっと押した。そこが棚になっていたらしく、長方形に扉が開いてドライヤーや整髪剤などが見えた。
鏡越しに目が合うと、冬十郎は微笑んでわたしの髪にドライヤーの風を当て始めた。
楽しそうな口元と、長い指と、動くたびに揺れる黒髪。
ぼーっと見つめている内に、もう乾いてしまったらしい。
ブラシで梳いた後、冬十郎はわたしの髪の一房を掴んでクンと匂いを嗅いだ。
「やっぱり同じシャンプーを使うと同じ香りになるな」
わたしはばっと勢いよく冬十郎を振り返った。
「同じ香り?」
「ああ」
「でも、冬十郎様、香水をつけているんじゃ」
「私が?」
「だって、すごく甘い匂いがする」
「いや、姫の髪と同じ匂いだろう」
「全然違います」
わたしは立ち上がって、冬十郎に近づいた。
その手を取って、手首の匂いをすんすんと嗅ぐ。
「お、おい……」
さらに手を伸ばして、黒髪の先の匂いを嗅ぐ。
「姫?」
「冬十郎様、かがんでください」
途惑ったように身をかがめる冬十郎の、首筋の匂いを嗅ぐ。
「どこもかしこも甘い匂いがします」
なんだか、はぁっと満足したような溜息が出てしまった。
「何もつけてはいないのだが」
「じゃぁ、冬十郎様の体臭でしょうか」
さらに途惑った表情で、冬十郎は自分の手首の匂いを嗅ぐ。
「そんなこと、初めて言われたが」
「すごくいい匂いです」
「そうか?」
困惑顔で、黒髪の先を嗅いでいる。
「まぁ、姫の嫌いな匂いじゃないなら良かった」
「冬十郎様に嫌いなところなんてありません」
間髪入れずに言い返すと、冬十郎は困ったような顔でちょっと笑った。
多分、照れたんだと思った。
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