11 匂い

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 トイレを済ませて、シャワーを浴びた。  シャンプーもボディーソープもそこにあるものを使わせてもらったが、冬十郎のような甘い匂いはしなかった。  あの人は香水でもつけているのだろうか……?  着替えを終えてドアを開けると、そこに冬十郎が待っていた。 「え」  いつからいたのか。  びっくりして見上げるわたしに、冬十郎は爪切りを差し出した。 「使うだろう」  使うのが当たり前だという顔をしているので、素直に受け取る。  でも、一昨日切ったばかりで、あまり爪は伸びていない。  不思議に思って自分の爪を見ていると、あ、と小さく声が聞こえた。  狼狽えたように爪切りを取り戻してポケットにしまい、「伸びてきたら切ってあげよう」と冬十郎が早口で言う。  よく分からないけど、わたしは「はい」と返事した。  冬十郎は別にずっとここで待っていたわけではなく、身支度は終えているようだった。  髭はきれいに剃られていて、髪はゆるく後ろで束ねられ、わたしが着ているものとよく似たセーターとジーンズを履いている。 「髪が濡れているな」  と、長い指がわたしの髪に触れた。  ついその指先を見てしまうが、爪は短く切りそろえられていた。 「あ、えっと、ドライヤーがどこか、分からなくて」 「そうか、おいで」  手を引いて中に入り、わたしを大きな鏡の前の椅子に座らせる。  冬十郎は鏡の横の壁をぐっと押した。そこが棚になっていたらしく、長方形に扉が開いてドライヤーや整髪剤などが見えた。  鏡越しに目が合うと、冬十郎は微笑んでわたしの髪にドライヤーの風を当て始めた。  楽しそうな口元と、長い指と、動くたびに揺れる黒髪。  ぼーっと見つめている内に、もう乾いてしまったらしい。  ブラシで梳いた後、冬十郎はわたしの髪の一房を掴んでクンと匂いを嗅いだ。 「やっぱり同じシャンプーを使うと同じ香りになるな」  わたしはばっと勢いよく冬十郎を振り返った。 「同じ香り?」 「ああ」 「でも、冬十郎様、香水をつけているんじゃ」 「私が?」 「だって、すごく甘い匂いがする」 「いや、姫の髪と同じ匂いだろう」 「全然違います」  わたしは立ち上がって、冬十郎に近づいた。  その手を取って、手首の匂いをすんすんと嗅ぐ。 「お、おい……」  さらに手を伸ばして、黒髪の先の匂いを嗅ぐ。 「姫?」 「冬十郎様、かがんでください」  途惑ったように身をかがめる冬十郎の、首筋の匂いを嗅ぐ。 「どこもかしこも甘い匂いがします」  なんだか、はぁっと満足したような溜息が出てしまった。 「何もつけてはいないのだが」 「じゃぁ、冬十郎様の体臭でしょうか」  さらに途惑った表情で、冬十郎は自分の手首の匂いを嗅ぐ。 「そんなこと、初めて言われたが」 「すごくいい匂いです」 「そうか?」  困惑顔で、黒髪の先を嗅いでいる。 「まぁ、姫の嫌いな匂いじゃないなら良かった」 「冬十郎様に嫌いなところなんてありません」  間髪入れずに言い返すと、冬十郎は困ったような顔でちょっと笑った。 多分、照れたんだと思った。
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