13 ざわめき

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13 ざわめき

 螺旋階段の向こうで、食器を片付ける音がしている。  甘やかして大事にすると決めたはいいが、私は何やらトンチンカンなことばかり言っているらしい。  姫の困った顔を見ると、他の誘拐犯と同じことをしてしまっているのかと、どうにも不安になってくる。  でも、昨日から見ていて一つだけ分かったのは、姫は抱きしめられたり頭を撫でられたりするのをとても喜ぶということだ。 「おいで、姫」  食後、ソファに腰を下ろして、姫に片手を差し出す。  姫は素直に近づいてくる。  その腰を抱き寄せ、昨夜のように膝に乗せてみた。  やはり嫌がる素振りはない。  それどころか、姫は自ら寄り掛かるようにして体を密着させてきた。 「私は姫のことをまだよく知らない。だから、少しでも知りたいと思う」  私に体を預けてくる姫の髪を撫でる。 「何でもいい。私に姫のことを教えてくれ」 「……わたしの、こと……」  姫は困ったように口籠った。 「話したくないことは話さなくていい。ほんのちょっとしたことでもいい。今までの暮らしのこと、嫌だったことや、嬉しかったこと……」  姫は考えこむようにしばらく黙っていたが、かすれた声で小さく言った。 「昨日、工場で……冬十郎様が助けてくれた時、とても嬉しかった……」 「そうか」  破れたドレス、血を流す手のひら、泣いて震える細い体。  初めて会った時の姿がフラッシュバックのように鮮やかに蘇って、いきなり胸が苦しくなる。 「かわいそうに……怖かったな」  その細い肩をそっと撫でる。  姫の指が私のセーターをぎゅっとつかんだ。 「怖かった」  思い出したように、細い体がぶるっと震えた。 「スカートの中に手を入れられて、すごく、すごく、嫌だった」 「あの金髪の男のほかにも、姫にそういうことをした奴はいるのか」  姫は大きく首を振った。 「いない……! あんなの……『親』じゃない……!」  しがみつく指先が、小刻みに震える。  包むようにその手を握ると、姫は少し力を抜いた。 「あんな嫌なことをされたのは、初めて、でした……」  否定されて安堵する。  少なくとも、それまでの誘拐犯から性的虐待は受けていなかったようだ。 「では、あの力を使ったのも、あの時が初めてか」 「力……?」 「相手を近づけぬように見えない壁を張り巡らせたあの力だ。昨夜もここで、叔母上を遠ざけた」 「あれは、わたしの力なんですか」 「意識して使ったわけでは無いのか?」 「はい……」 「今まで、そういう不思議なことが起こったことは?」 「ない、と思います……」  常にさらわれ続けるという生活がすでに不思議なことではあるが……。  姫は本物の親や同族と過ごした期間が無いせいで、自分の能力を把握できていない。  たいていは成長するにつれて力も増していくものだから、自分に何が出来て何が出来ないのかを、大人になる前に知っておいた方がいい。  早く、同族を見つけてやらなくては。
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