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「その二人は、ほかの親と何か違っていたのか」
「はい、違いました」
「どのように」
「一緒にいる間ずっと楽しかったです。ほかの人にさらわれてしまって離れなくちゃいけなくなった時、ちょっと寂しくなって……。もう少しこの『親』のそばにいたかったなって思ったんです」
「いつもはそうは思わないのか」
「はい、ぜんぜん……。『あぁまたか』って思うだけです」
その冷めた表情が酷薄に見えてどきりとする。
「その二人のことを、教えてくれ」
「はい」
返事をして、姫の口がほころぶ。
「一人はトラックの運転手でした。熊みたいに大きいからクマオって周りから呼ばれてる人でした。クマオはわたしをヒロコって呼びました。毎日、面白い話をしたりクイズやゲームをしながら、大きなピカピカ光るトラックで知らない土地へ行って、珍しいものを食べて、夜はトラックの中で眠ったんです。クマオといたのは一週間ぐらいだったけれど、毎日が旅行みたいで、すごくすごく楽しかったんです」
明らかに、他の『親』達について話す時と、表情が違っている。
なぜだろう、胸がざわざわする。
「もう、一人は」
そう聞く自分の声が少しこわばってしまう。
「その人のことを、わたしは『先生』って呼んでいました。先生はわたしをアユミって……。先生がアユミって呼ぶときの優しい響きが好きでした。先生はとても穏やかな人で、眼鏡が似合うほんわかあったかい感じの美人さんで……。でも中身はすごく教育熱心な先生でした。わたし、学校に行ったことが無いから平仮名も読めなくて……。だから、全部先生が教えてくれたんです。字の読み書きも、簡単な計算も、料理や洗濯や片付けの仕方も全部」
「そうか……」
この感情は何だろうか。
姫に出会ってまだ一日も経っていない。まだ互いによく知らないのだから、私より親しい人物がいるのは当然なはずなのに、妙に胸がざわめく。
私の中に、独占欲のようなものがすでに芽生えているようだった。姫の精神干渉の力によって、かなり魅了されてしまっているのは否定できないだろう。
「先生とやらとは長く共にいたのか」
姫がくすぐったそうに笑う。
無意識に姫の手を指先で撫でていたらしい。
慌てて手を離そうとすると、姫の方からぎゅっと指を握って来た。
「えっと何でしたっけ……あ、先生のところには一年以上いました」
「……そんなに」
「一番長く一緒にいたのが先生なんです。わたしにとって、あの人が唯一の親らしい親だったような気がします」
懐かしむような微笑みに、やはり胸が騒いでしょうがない。
「また、会いたいか」
姫はきょとんと私を見た。
「会えませんよ」
「なぜ」
「今までどの『親』にも再会したことが無いので」
「だが、相手は姫を探しているのではないか」
姫は首を振った。
「多分、探したりはしません」
「そんなはずは」
「いいえ。夢から覚めたみたいにきっと忘れるんです」
「まさか」
「先生が言っていました。アユミが周りの大人を誘っているって。だから、本来は誘拐なんて大それたことをするはずのない普通の人達がおかしくなるんだって。まるで熱病みたいなものだから、アユミから離れればまた普通の人に戻れるんだって」
熱病とは、かなり本質を言い得ている。
姫は精神に干渉する力がある。それをうまく制御できずに周囲に影響を及ぼし続け、そのために、さらわれ続けるという奇妙な現象が起きてしまっているのだから。
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