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ひとしきりケタケタと笑うと、清香は息を吐いた。
「なーんか毒気抜かれちゃったわ。姫ちゃん、タチの悪い化け物って言ったのは、まぁ本当のことだけど、一応謝るわ」
まるで喧嘩を売っているような謝り方だが、姫は許したらしい。
周囲の緊迫した空気が一瞬で変わったのが分かった。
「あ、壁が消えた……。ありがとね、姫ちゃん」
「あ、はい」
姫のはにかむような表情で理解した。
『姫ちゃん』と呼ばれたのが嬉しいらしい。
「とりあえず出掛ける前に、傷を見せて頂戴」
ソファの前にかがんで、清香が姫の手を取った。
「もしかしてお風呂入った? 取れかかっているから、新しいものに替えるわね」
「ありがとう……えっと、おばさん」
清香が目を丸くする。
私が叔母上というのを聞いてそう呼んだのだろうが、二十代にしか見えない清香はそう呼ばれたのに驚いたようだ。
だが、少し間を置いて意味を理解したのかぷっと噴き出した。
「あはは。清香よ、姫ちゃん。私は清香っていうの」
「はい、清香様」
「あ、様とかつけなくていいわ」
「はい、清香さん」
「うん、よろしくね、姫ちゃん」
傷の具合を見ながら、清香が手早く治療していく。
まだ生々しい傷が目に入る。
普通の人間の体はひどくもろい。簡単に怪我をするし、なかなか治らない。百年も経たずに死んでしまう。
我ら蛇の一族も、もちろん不死ではない。死のうと思えばいつでも死ねる。だが死のうと思わなければ、いつまででも生きてゆける。
姫が寿命を終えた後もまた、いつまででも……。
また、胸の奥がざわざわしてくる。
「ねぇ冬十郎、関係ないこと一つ言っていい?」
清香の声に思考が遮られ、私はハッと顔を上げた。
「何か言ったか」
「うん。見た目が『冬十郎25歳』なのに、しゃべり方が『冬九朗72歳』のままってのは、どうなのよ。違和感半端ないんだけど」
「しかし、急に若者らしく話せと言われてもな」
「まぁ、あなたは冬八郎の時も冬九朗の時も、ずーっとそのまま通していたものねぇ」
「叔母上はすっかり若者に馴染んでいるようだ」
「まぁね、医学生やるのも五回目だから」
老いない体のことを、清香は姫に隠すつもりはないらしい。
姫は意味の分からない会話を不思議そうに聞いているだけで、何も質問してこなかった。
いずれきちんと説明せねばなるまいが、自分が異形だと告げるには少し躊躇いがある。
怖がらせたくはないし、怯える顔を見たくはない。
清香が、自分が人間でないことを忘れたくなると言った心情が、少し分かった。
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