184人が本棚に入れています
本棚に追加
/169ページ
色々と見て回っても、自分の好きな服というのは結局よく分からなかった。
冬十郎も、女の子の服は分からないようだった。
だから、昔『先生』が教えてくれた方法を試してみることにした。
ディスプレイされているマネキンの前に立ってこう言うのだ。
「これと同じものを一式ください」
店員に勧められるまま試着してサイズを合わせ、店員に勧められるまま服に合う靴や小物も買っていった。わたしが何を着ても、冬十郎は目を細めて可愛いと言った。
次の店でも、また次の店でも、同じ方式で買い物をした。荷物がいっぱいになると、黒スーツが受け取ってどこかへ持っていく。
何回かそれを繰り返し、女性下着の店にも入った。カラフルで布面積の少ない下着の数々を前にしても、冬十郎は平然としていて、むしろ店員の方が顔を赤らめながら接客していた。
パジャマは紺色にした。冬十郎とおそろいのものが欲しかったが、それは男性のブランドだったので、出来るだけ似たデザインのパジャマを自分で選んだ。
モールは思っていたよりずっと規模が大きく、家具家電の店まであった。
「姫のベッドやドレッサーも買おうか。最上階にもまだ使っていない部屋があるからそこを姫専用の部屋にして……」
「今日は一緒に寝ないんですか」
冬十郎が何か言おうと口を開いたが、わたしは遮るように言葉を続けた。
「わたしは冬十郎様と同じベッドで寝たいです」
冬十郎は考えるように少し黙った。
「昨晩は姫が不安だろうと思って私の部屋で寝かせたのだが……。姫、今まで他の男とも共に寝ていたのか」
「え……? いいえ、多分……」
「多分?」
幼い頃に一緒に寝た『親』もいたと思うが、あまり覚えていない。
それに冬十郎は『男』と言った。
「あの、『男の親』と『女の親』で何か違うんですか」
冬十郎はハッとしたように目を開いた。
「いや……」
また何か考えるようにちょっと黙る。
横に立つ家具屋の店員がなぜか目を白黒させているが、冬十郎は気にする様子はない。
「例えばの話だが、姫は私が女だとしても一緒に寝たいのか」
冬十郎はとても美人なので、女性になっても違和感はなさそうだとは思うけど、やっぱりその質問の意味が分からない。
一度、あの甘い匂いに包まれて眠ったのだ。
今夜ももう一度と願うのは当然だと思う。
「はい、一緒に寝たいです」
男とか女とか、冬十郎はいったい何を気にしているんだろう。
「たしか……『クマオ』、そう『クマオ』とはどうだった?」
「クマオですか? あの時はトラックの中で寝たから、一緒と言えば一緒のような……? ただ、運転席と助手席なので、別々といえば別々なような……」
「そうか……」
冬十郎の言いたいことがよく分からない。
覚えている『親』は二人いるのに、なぜクマオのことを聞いて、先生のことを聞かないのかもよく分からない。
「では、他の男とは寝所を共にと姫が願ったことは無いのだな」
こんなにいい匂いがして、こんなにくっつきたいと思うのは冬十郎ただ一人。
わたしはうなずく。
「冬十郎様だけです」
「そうか」
なぜかほっとしたように冬十郎が微笑む。
「では、今夜も共に寝ようか」
大きな手がわたしの頭を撫でる。
「はい……」
嬉しくて、その手に頬を擦り付ける。
本当に冬十郎はいい匂いだ。
ベッドはやめたが、机と椅子とドレッサーと本棚を注文した。
店員は何か言いたそうにちらちらとわたしを見たが、冬十郎がにっこりと微笑むと怯えたように注文書に視線を戻した。
最初のコメントを投稿しよう!