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「あの時、歌う姫を見て、体が震えた……。姫を連れ去って、つないで、どこかへ閉じ込めてしまいたいと、強烈に思った……」
わたしは首をかしげた。
冬十郎がそう思ったとして、いったいそれが何だというのだろう。
「冬十郎様が望むなら、つないでも、閉じ込めてもかまいません。わたしのことは冬十郎様の望み通りに……」
冬十郎はまた首を振って、唇をかんだ。
何かを我慢するように、こぶしを握る。
指先が白くなるほど強く握っている。
冬十郎はなぜか怒っているようだった。
「姫、私だけじゃない……。あの場にいた誰もがそう思わされたんだ。姫が、そう思わせた……抗えない欲求を、姫が、心に植え付けたんだ……!」
冬十郎の声が苛立っている。
わたしは誰も誘うつもりはない。
歌えというから歌っただけだ。
けれど……清香の言ったことはこれのことだろうか。
「タチの悪い化け物……?」
冬十郎は一瞬、つらそうに目をそらしたけど、否定してはくれなかった。
「あれだけ強く誘惑しておいて、寄ってきたら殺すなんて……」
と、冬十郎が倒れた男を見る。
炎の中でぐったりしていて、小さく呻いている。
「ひどく残酷だ……」
「でも、この男は冬十郎様に」
「こんな傷など直にふさがる」
「でも痛いでしょう? 苦しいでしょう?」
冬十郎はわたしに縋るようにして抱きついてきた。
甘い匂いがわたしを包み込む。
「冬十郎様?」
「無垢な姫が私などのために人殺しになる方がずっとつらい。それはとてもひどいことだ。姫は私にひどいことをしないのであろう……?」
冬十郎の体が震えている。
わたしはどうしていいか分からなくて、その体を強く抱き返した。
「いいえ、ひどいことなんてしない……そんなことしません……!」
「では、お願いだ。あの男はもう、許してやってくれ」
「はい……はい、もう、許します……」
燃え盛る炎が、幻のようにフッと消えた。
服も床も天井も焦げていなかった。
だが、男の体にできた火傷は消えず、まだかすかに呻き声が聞こえてくる。
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