19 恭介

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「くだらないことをするな、女狐」  びくり、と姫が怯えた顔をする。 「鬼の頭領にこんな子供だましが通じるかよ。すぐに冬十郎から離れろ」 「いや……!」  姫の手が痛いくらいにしがみついてくる。 「さっさとその薄汚い手を冬十郎から離せ」  姫を引き剥がそうと伸ばしてくる恭介の左腕を、がしりと私はつかんだ。 「大事な子だと言ったのを聞かなかったか、恭介」  恭介はピクリと片眉を上げ、私の手を振り払った。 「性悪女にまんまと誑かされやがって。あんたも一族の長だろうが」 「かまうな。好きで誑かされている」 「はぁ?」  毛を逆立てる猫のように恭介を睨んでいる姫を、両手で抱きすくめる。  まだ少し濡れている髪をかき上げてやり、耳に唇をつけるようにして囁く。 「落ち着きなさい、姫。何も怖くない。私がいる。ずっとそばにいる」  姫の体から力が抜けて、恭介を睨むのをやめた。 「冬十郎様……」  泣きそうな顔ですり寄るように密着してきて、姫はゆっくりと深呼吸を始める。  そういえば、私の体から甘い匂いがすると言っていたか。  急に大人しくなった姫を、恭介が呆気にとられたように見ている。 「恭介、私は……」  言いかけた言葉は声にならなかった。  姫の髪に添えた私の指先に、赤く細い糸がしゅるしゅると絡まるのが見えた。 「え……?」 見る間に糸は蛇のように腕を這い上ってきて、胸を、首を、腰を這いまわり始める。 「な、なんだそれ」  恭介の目にも見えているのか、驚いた顔で糸の動きを追っている。  糸は数十本、数百本と本数を増やして、じわじわと力を強めて私を縛っていく。 「ん……」  少し息が苦しい。  糸は私を侵略するように、足の指先から髪の毛の先にまで絡みついていく。 「これ、は……」  これは、姫の作り出す幻覚か?  体中を縛ろうとするさまは、まるで獲物を逃がすまいとする執着心を具現化したようで……。
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