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長い指が優しく涙をすくってくれる。
冬十郎は濡れた指先を、ちゅっと小さな音を立てて吸った。
その唇を見るだけでなぜだか体が熱くなって、また涙があふれてくる。
「うぅー」
変な嗚咽が漏れてしまう。
「もう泣くな、姫」
「うっ、うっ、なみだ、とまらな……」
「おいで」
冬十郎がひょいとわたしを抱き上げて、膝に乗せた。
甘い匂いに包まれる。
冬十郎がぽんぽんと優しく背中を叩いた。
肺の深くまで匂いを吸い込むと、少し気持ちが落ち着いた。
わたしは冬十郎に寄り掛かって、目を閉じた。
冬十郎はわたしの涙を拭って、優しい手つきで髪や肩を撫でてくれた。
そうされると安心して、少し眠くなってきた。
しばらくして、カチャカチャと茶器を運ぶ音がして七瀬が近づいてくるのが分かったけど、わたしは目を開けなかった。
「どうぞ」
「ありがとう。うむ、いい香りだ」
「お嬢様は」
「力を使うといつもこうでな。少し休めば治る」
冬十郎の手がわたしの髪を撫でる。
「少し、お話をしても?」
「ああ、座りなさい」
椅子を動かす音がして、七瀬が座ったのが分かった。
深呼吸するような音が聞こえて、七瀬の低い声がした。
「私も、誘われました」
ぴくり、と撫でていた冬十郎の手が止まった。
「無意識なのでしょうが、強い誘惑です」
「そうか」
「そんな強烈な目で誘っていながら、本人にはまったくその気がない……。そういった方面の知識はほぼ皆無のようです」
「ああ……姫にとってはすべての誘拐犯が『親』だったそうだ。同じ年頃の子供とはほとんど接したこともなく、『親』には理想の子供として扱われたことしか無いからな。ずいぶん偏った純粋培養だ」
「ここの生活に慣れたら学校に通わせることを考えていましたが、無理だと分かりました。誰彼かまわず誘うなど、この子にとっても、周囲にとっても、危険極まりない」
「学校には音楽の授業もあるしな」
「音楽、ですか?」
「そういえば七瀬はあの場にいなかったか……。姫の歌は劇薬だ。若く未熟な学生などがその歌を聞けば、血の惨劇が起こりかねない」
「血の惨劇とはずいぶん……」
「大げさな話ではない。実際、私は鬼童の若者に刺された」
「そうでしたね……。ご当代様はどうなさるおつもりなのですか。このまま、この子を一生ここに閉じ込めておくのですか」
「私になら、つながれても閉じ込められてもかまわないそうだ」
「は?」
冬十郎がふぅっと溜息を吐いた。
「姫の生きてきた世界はひどく狭い……だから平然とそんなことが言える……」
「つないだり、なさいませんよね」
冬十郎が小さく笑った。
「そうだな。まずは、姫と同じ血を持つものを探させている。力の制御の仕方を学ばせたく思ってな」
「あの、では、里の深雪様を頼ってはどうでしょうか」
冬十郎が少し黙った。
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