03 親ではない何か

3/3

184人が本棚に入れています
本棚に追加
/169ページ
 男の人が顔を上げ、今度はわたしの方を見る。  わたしはぶるっと震えて、後退りする。 「や……」  怖い……。  今まで、わたしに近づく者はすべて『親』になりたい人だった。わたしを自分の子供と思って、その人なりの愛情をくれたものだった。  でも、キンパツは違っていた。キンパツはまったく『親』じゃなかった。これまで生きてきたわたしの常識のすべてが、キンパツ男のせいで180度ひっくり返ってしまった……。  目の前の男の人が、『親』なのかどうか分からない。  得体が知れないものは、とても怖い。 「ん?」  男の人はわたしに近づこうとして立ち止まり、怪訝そうな顔であたりを見回した。 「なにやら、ぴりぴりするな」  と、手を挙げて、何もない空間を触るようにする。 「圧力……?」  男の人がわたしを見た。 「これは、君の仕業か」  何のことか分からなくて、わたしは震えながら答えた。 「わ、分かりません」  喉の奥からやっと出た声は、かすれて、ひっくり返っている。 「そうか」  男の人が安心させるようにふっと微笑んだ。  その時、初めて、その男の人がすごくきれいな顔立ちをしているのに気付いた。 「姫」  男の人はわたしをそう呼んだ。 「そう怯えずともよい。わたしは姫に怖いことも痛いこともしない」 「ヒメ、というのがわたしの新しい名前ですか」  今までの親はみんなわたしに名前を付けた。  この人がわたしの『親』になってくれる気があるのかどうかを知りたかった。  男の人はちょっと不思議そうに首をかしげた。  後ろで束ねた髪がまたさらさらと揺れた。  こんなに髪が長くて、きれいな男の人を初めて見た気がする。  黒髪美人。  わたしは男の人を心の中でそう呼んだ。
/169ページ

最初のコメントを投稿しよう!

184人が本棚に入れています
本棚に追加