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男の人が顔を上げ、今度はわたしの方を見る。
わたしはぶるっと震えて、後退りする。
「や……」
怖い……。
今まで、わたしに近づく者はすべて『親』になりたい人だった。わたしを自分の子供と思って、その人なりの愛情をくれたものだった。
でも、キンパツは違っていた。キンパツはまったく『親』じゃなかった。これまで生きてきたわたしの常識のすべてが、キンパツ男のせいで180度ひっくり返ってしまった……。
目の前の男の人が、『親』なのかどうか分からない。
得体が知れないものは、とても怖い。
「ん?」
男の人はわたしに近づこうとして立ち止まり、怪訝そうな顔であたりを見回した。
「なにやら、ぴりぴりするな」
と、手を挙げて、何もない空間を触るようにする。
「圧力……?」
男の人がわたしを見た。
「これは、君の仕業か」
何のことか分からなくて、わたしは震えながら答えた。
「わ、分かりません」
喉の奥からやっと出た声は、かすれて、ひっくり返っている。
「そうか」
男の人が安心させるようにふっと微笑んだ。
その時、初めて、その男の人がすごくきれいな顔立ちをしているのに気付いた。
「姫」
男の人はわたしをそう呼んだ。
「そう怯えずともよい。わたしは姫に怖いことも痛いこともしない」
「ヒメ、というのがわたしの新しい名前ですか」
今までの親はみんなわたしに名前を付けた。
この人がわたしの『親』になってくれる気があるのかどうかを知りたかった。
男の人はちょっと不思議そうに首をかしげた。
後ろで束ねた髪がまたさらさらと揺れた。
こんなに髪が長くて、きれいな男の人を初めて見た気がする。
黒髪美人。
わたしは男の人を心の中でそう呼んだ。
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