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24 耽溺
毎朝、寝室で爪を切る。
一日で尖るほどに伸びてしまうからだ。
姫は横で歌を口ずさみながら、それを見ている。
シャボン玉の歌だ。
姫は歌が好きだと言った。
だが、私は姫に、私以外の者の前で歌うのを禁じた。
テレビは見せない。
スマホは持たせない。
ネットにも触れさせない。
与えるのは、小さな子供向けの絵本や、子供向けのアニメのDVDで、決して異性を意識させるようなものには触れさせないようにした。
もしも姫が恋の歌などを歌ったら……。
考えただけでもぞっとする。
とても、守り切れるとは思えなかった。歌を聞いて理性を失った若い男達の暴力からも、もしかしたら……私自身の劣情からも。
初めて会った時の、破れたドレスで震えていた姿が、脳裏をかすめる。
まだ姫はこんなに幼くて、細くて、弱々しい体をしているのに。
「冬十郎様」
姫の細い指が私の髪を触る。
「また髪を切ったんですね」
「ああ、少し、伸びすぎたから……」
その細い指を右手でつかみ、一本一本、確かめるようにゆっくりと撫でていく。
色の悪かった爪は透明感のあるピンク色になっている。
姫は撫でられるままに大人しくしている。
頭を撫でて、髪を梳くように指を通す。
傷んでいた髪は、とても滑らかで艶も出てきた。
その髪をかき上げて、小さな耳の形を覚えるようにじっくりとなぞっていくと、姫はくすぐったそうに笑った。
私は姫を抱き寄せて、その胸に耳を当てた。
とくとくと小さな鼓動が聞こえる。
音が弱々しすぎて、落ち着かない。
「姫……何か、欲しいものがあるか」
「えっと……あんまり……よく分からないです……」
せめて喜ぶものを与えたかったが、私は女の子に不慣れだったし、姫も望みを言わない子だった。
そうやってしばらく姫の胸にくっついていると、姫は優しく私の髪を撫で始めた。
髪に神経は無いはずなのに、ぞくぞくして少し震えてしまい、私は身を起こした。
「姫、他の男の髪をそういう風に触ってはいけないよ」
「はい、冬十郎様」
「約束を覚えているか。一人で部屋から出てはいけない」
「はい」
「他の男に触れてはいけない」
「はい」
「他の男の目をじっと見つめてはいけない」
「はい、約束します」
素直に従う様子にほっとする。
「姫は、いい子だ」
顎に手をかけて上向かせ、小さな唇を親指でゆっくりなぞる。
微笑むように姫の口角が上がった。
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