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高級といっていいランクのホテルの一室で、男が一人死んでいた。
まだ二十代くらいの細身の男で、白いタキシードを身に着けてベッドに横たわっている。
もとは整った顔立ちだったのだろうが、今はひきつった口元に嘔吐物がこびりついている。
テーブルには飲みかけのワインのボトルと、小さな薬瓶と、グラスが二つ。
遺書と思われる白い封筒が一通。
心中か。
清香が何も知らなかったのなら、無理心中というやつだったのだろう。
「ごめんね……」
ウエディングドレス姿の清香が男の死体に取りすがって泣いている。
「一緒に死んであげられなくて、ごめんね……」
我らは強い毒を盛られても、一定時間気を失うくらいで死ぬことはない。
男は清香が死んだと思ってドレスに着替えさせ、自らも服毒したらしい。
そして、清香は死んだ男の横で目を覚ましたのだろう。
泣きじゃくる清香の肩に手を置いて、恭介が静かに寄り添っている。
「叔母上は、どうしたい? 望み通りに処理するが」
しゃくりあげながら清香がこちらを向いた。
「しょ、り……」
「死体を解体処理して行方不明扱いにするか、ただの病死に見せかけるか、叔母上の代わりの死体を用意して心中が成就したように見せかけるのか」
清香は何か言おうとしたが、また嗚咽が込み上げてきたのか、両手で顔を覆った。
私は答えを急かさず、後ろの社員に指示を出す。
「とりあえずチェックインを本名でしたのかどうか、支払いをどうしたのかという情報と、監視カメラ映像の確認をするように。処理に時間がかかりそうなら翌日の延泊の手続きも頼む」
「かしこまりました」
三輪山を含め社員が数人、部屋から出ていく。
「自宅で……病死……に、してあげて」
嗚咽混じりに清香が言った。
「分かった」
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