184人が本棚に入れています
本棚に追加
「へぇ、案外いろいろと置いてあるじゃないか」
と、勝手にボトルを開けて、グラスを二つ並べて注ぎ始める。
私は仕方なくソファに腰を下ろした。
コト、と小さな音とともに、グラスがテーブルに置かれた。
「冬十郎、あんたには権力も財力もある。女を何人囲おうが、俺が口を出す筋合いじゃない。むしろ、今までが堅物すぎたくらいだからな」
恭介は自分の分をグイっとあおり、向かいのソファに座った。
「しかも、あれはまだ少女だ。外の世界からの情報を遮断して、あんたの許可したものだけを与えて、紫の君のようにあんた好みの女に育てていくってのは、まぁ、男の浪漫だよな。あの女はあんただけを見て、あんただけを想い、あんただけしか知らずに、一生を終える。それは悪くない。本当に悪くない。正直言えば羨ましくもあるさ」
と、恭介はベッドの上の清香を振り返った。
私は何も言い返さなかった。
恭介の言うようなことを、私はすでに姫にしている。
「それに、あれは本物の化け物だ。歌を聞いて心臓がひっくり返るかと思ったぞ。知っているか。あれの映像が、今どれだけ拡散しているか」
「……ああ。歌う姿を撮られていたのは迂闊だった」
ショッピングモールでの動画がネットに流れている。
たとえ小さな画面越しに見ても、たとえ機械越しに聞いても、姫の魔力的な歌声が褪せることはない。何度も何度も聞いて中毒のようになり、謎の少女を探そうと躍起になっている者どもが、ネット上にうようよと湧いているらしい。
動画を見つけ次第消すように社員に命じているが、まったく追いついていないのが現状だ。
「うちのバカはまだうわ言みたいに呻いているぜ。あの女は俺のものだってな」
「次は私の手で確実に殺すぞ」
「はは、そんな怖い顔をするな」
「思い出すだけで忌々しい。もしまだ姫に近づくようなら蛇の恐ろしさを存分に味わわせてやる」
「殺しても殺しても追いかけてくる蛇の執念深さは知っている。岬はまだまだ若造だし、バカはバカなりにかわいいものだ。二度とオイタしないようにこちらで躾ける。許してやってくれ」
「……」
「俺が責任を持つから」
「……分かった」
恭介は苦笑を漏らし、グラスの残りを飲み干した。
「あのタチの悪い化け物を世に放てば、岬のようなバカがこれから何十人、何百人出るか分からんだろう。冗談ではなく血の雨が降るぞ。だからまぁ、まるで封印するかのように閉じ込めておくのは、世のため人のためと言えるかも知れん」
だが、と言葉が続くのだろう。
人一人の人生を、あの子のすべての可能性を、潰すのかと……。
恭介は私を真正面から見つめた。
「俺は冬十郎が心配なんだ」
「え……」
「あの女が死んだ後、どうするつもりなんだ」
最初のコメントを投稿しよう!