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少しの間、息を忘れた。
表情は動かさなかったが、長い付き合いの恭介は私の動揺に気付いている。
恭介が私の右手をつかみ、強く握った。
「冬十郎……あんたも分かっているんだろう? あれは化け物だが体はただの人間だ。蛇のあんたに比べたらその寿命は一瞬だろう。冬十郎があの女に夢中になればなるほど、残された後のことが心配でならないんだよ。あんまり深入りする前に、さっさと手を切った方が」
「もう遅いわ」
女の声に振り向くと、清香が半身を起こしていた。
「簡単に手を切れるなら、今こんなことになっていない……」
「清香! 起きて大丈夫なのか」
すぐに恭介が立ち上がる。
「うん。私は大丈夫。こんなもの無くても、目の腫れなんてすぐに引くし」
と、手の中の濡れたタオルを見下ろす。
「ああ、そうだったな……」
「あっ、でもっ、冷たくて、気持ち良かった。ありがとね恭介」
清香の手からタオルを受け取り、恭介はその背中に枕を挟んで寄り掛からせた。
ずいぶんと手慣れた動きだった。
普段から、恭介が清香の世話を焼いているのが想像できる。
「喉、乾いてないか」
「なんか、強いお酒ある?」
「清香、お前……」
「お酒なんて害にならないわ。毒を飲んでも平気なのに」
「今日ぐらいは水にしておけ」
「……分かった」
恭介はミネラルウォーターをグラスに注いで、かいがいしく清香の手に握らせる。
見るからにお似合いなのに、なぜ清香は男遊びをやめないのだろうか。
「冬十郎……考えてることが顔に出てるわ。……迷惑かけたわね」
私は肩をすくめた。
「分かっているなら、しばらく遊びは控えるように」
清香は困ったように手の中のグラスを見下ろす。
「約束は、できないかな」
「清香、死にはしなくとも毒の苦痛はあるのだろう? また同じようなことがあったら……」
恭介が、グラスごと清香の手を包んだ。
「あのね、恭介。遊びなら簡単に止められるかもしれないけれど、私のは遊びじゃないの。全部本気なのよ……」
「全部本気?」
清香がくすっと笑った。
「彼ね……声が似ていたの」
「彼? 死んだ男のことか?」
「うん……。彼、ちょっとかすれた低い声をしていてね、ああこの声、あの人にすごく似ているなぁって……大学ですれ違うたびに振り返ってしまって、彼とよく目が合うようになって、よく話すようになって、いつの間にか好きになってた。……でもね、この前、ほかの大学の教授と話す機会があって、その人、奇跡みたいにあの人と目元が似ていてね。わぁ、ほんとに似ているなぁって、じーっと見つめちゃったら、その教授がデートに誘ってくれてね。私、教授のことも好きになった。いつもそうなの、少しでも似ているところがあるとね、私、本気で好きになっちゃうのよ」
私は首をひねった。
「なんだか、話が要領を得ないのだが」
「似ているって、誰にだ?」
恭介が聞く。
清香が視線を落としたまま、呟く。
「私の初めての男はただの人間だったの」
恭介も私も、少しの間、言葉をなくした。
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