26 恋という呪い

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 急に思い出したように、清香が私を見た。 「ねぇ冬十郎、あの子が死んだ後のことを今から考えておいた方がいい。しっかりと覚悟しておかなくちゃ……。私達、死にたいって思ったら死んじゃうんだよ」 「私は……妻と死別したこともある。悲しくはあったが、その後も生きてこられた」 「冬十郎が、冬七郎だった頃の話ね。確かに冬七郎は奥さんをとても大事にしていたけど、でも、あきらかにあの子とは違うでしょ」 「ああ違う。姫はまだ子供だ。私はあくまでも保護しているだけ」 「冬十郎」  清香の声が、咎めるように私を呼ぶ。  恭介が、やっと清香から手を放して私を振り返った。 「あんたがあの女に一人の男として入れあげていることは、はたから見れば明々白々、何も隠せていないぞ」  自分でも分かっていた。  私の溺愛と束縛が、とっくに保護者の域を超えていることに。 「……最近、姫に絵本を読んであげている」 「は? 絵本?」  突然変わった話題に、恭介が意味を計りかねるように瞬く。 「ああ、お姫様が出てくるおとぎ話だ。王子様がお姫様を救い出してめでたしめでたしの、子供向けの本だ」 「ああ、それがいったい……?」 「姫は私に『冬十郎様は悪い魔女ですか』と聞いた」 「え」 「はぁ?」 「私は、姫を塔に閉じ込めている。確かに悪い魔女と同じだ。いつか絵本のお話のように、本物の王子様が姫を救いに現れるのだろう」 「なにそれ。あの子が他の男を選んだら、保護者ぶってあっさり身を引くつもり?」 「姫がそれを望むなら、魔女は消えるしかない」  清香が、恭介が、私を見ている。 「嘘つきね」  ああ、嘘つきだ。  心の中で同意する。  姫の前からことごとく男を排除しておいて、言うことじゃない。 「失礼する」  それ以上は耐えられなくなって、私はその場を辞した。
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