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27 誓いのキス
真夜中を過ぎているのに、姫は私を待っていた。
リビングのソファで、花野の隣でうとうとしている。
テーブルには飲みかけのマグカップが二つ、夜は七瀬すらもここに入れないことにしたから、花野が自分で用意したんだろう。
「冬十郎様……」
私を見ると、姫は嬉しそうに両手を広げた。
優しく抱きあげてもらえるものと信じ切っている顔だ。
もちろん、優しく抱きあげる。
かなり眠いのだろう。姫の体は力が抜けて、くたっとしている。
「花野、ご苦労だった」
「はい。後片付けをして退出します」
花野はこのマンションの7階に住居がある。
春野と一緒に暮らしていたが、私が男をすべて追い出してしまった。
別々に住むのも新鮮でいいと二人は笑ってくれたが。
「花野」
「はい」
「私のしていることを愚かだと思うか」
花野はトレイにマグカップを乗せる手を止めた。
「社長。私達は、時間が止まったようなあの里を出て、人と交わって生きることを選んだんです。私はいろんな人間と関わることが出来て、毎日が楽しいです。社長も知っていると思うけど、人ってすんごく愚かなことばかりするんですよ」
慈しむような口調で、花野は笑った。
「せっかくだから、私達もいろいろ愚かなことをしてみましょうよ。人と一緒にいられるのはたった数十年のことなんですから」
たった数十年。
姫を抱く手が少し震える。
花野が立ち上がり、私に抱かれている姫の髪に触れた。
「私も姫ちゃんがかわいいです。純粋で、無垢で、危ういほどまっすぐ社長を想っている。でも、姫ちゃんは人間です。人間の時間はどんなことをしたって止められない……。だから、最後まで満足させてあげればいいんです。幸せな人生だった。思い残すことは何もなかったっていうくらいに」
私はうまく言葉を返せず、姫を抱く手がこれ以上震えないよう指先に力を入れていた。
「んん……」
耳元に姫の声がする。
「眠いか、姫」
「んーん、冬十郎様と、一緒に寝る……」
「そうだな、一緒に寝よう」
「では、おやすみなさいませ」
花野が微笑む。
「ああ、おやすみ」
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