28 消えない歯形

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「ご当代様!」  いきなりドアの外で七瀬の声が聞こえた。  ノックするのを忘れるほど慌てている。 「失礼いたします、ご当代様。つい先ほど先触れの者が」 「先触れ、誰の」 「先代様が、こちらへいらっしゃると」 「先代が!?」 「『さらわれ姫』を一目見たいと」 「な……さらわれ姫だと」 「お嬢様のことで面会を打診したことがあるので、その件かと思われます」 「時間は」 「もう間も無くかと」  急にマンションが慌ただしくなり、廊下を行きかう足音が聞こえた。  冬十郎は蒼ざめた顔をして、数秒、ドアを見たまま立ち尽くしていた。 「冬十郎様……?」  声をかけるとハッとしたようにわたしを見て、肩をつかんだ。 「何か、あったのですか」 「今から妖怪が来る」 「え」 「いつから生きているのか分からぬ男だ。私の祖父に当たる男だが、見た目は私より若い。そして、一族への影響力はわたしより大きい」  いつも優雅で穏やかな冬十郎が、どことなく怯えているように見えた。 「先代が姫の誘惑の力に惑わされるとは思えぬし、私の伴侶を取り上げるような非道なことはせぬと思うが、だが……」  冬十郎はわたしの髪を後ろに払った。 「少し、痛いことをする。許せ」  言うなり、わたしの服をはだけさせて首に強く吸い付いた。  焦ったように、もう一度、位置をずらして同じことをする。  わたしはびっくりしたけれど、されるままにじっとしていた。  冬十郎はもう一度「許せ」と言って、わたしの肩に歯を立てた。  痛みがあったけど、わたしは声を出さなかった。 「こんなものに、どの程度の効果があるか分からぬが………そうだっ」  冬十郎は右手を腕まくりして、わたしの方に差し出した。 「私を噛みなさい」 「え」 「早く」 「でも」 「頼む。血が出るほどに強く噛むのだ」
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