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「ご当代様!」
いきなりドアの外で七瀬の声が聞こえた。
ノックするのを忘れるほど慌てている。
「失礼いたします、ご当代様。つい先ほど先触れの者が」
「先触れ、誰の」
「先代様が、こちらへいらっしゃると」
「先代が!?」
「『さらわれ姫』を一目見たいと」
「な……さらわれ姫だと」
「お嬢様のことで面会を打診したことがあるので、その件かと思われます」
「時間は」
「もう間も無くかと」
急にマンションが慌ただしくなり、廊下を行きかう足音が聞こえた。
冬十郎は蒼ざめた顔をして、数秒、ドアを見たまま立ち尽くしていた。
「冬十郎様……?」
声をかけるとハッとしたようにわたしを見て、肩をつかんだ。
「何か、あったのですか」
「今から妖怪が来る」
「え」
「いつから生きているのか分からぬ男だ。私の祖父に当たる男だが、見た目は私より若い。そして、一族への影響力はわたしより大きい」
いつも優雅で穏やかな冬十郎が、どことなく怯えているように見えた。
「先代が姫の誘惑の力に惑わされるとは思えぬし、私の伴侶を取り上げるような非道なことはせぬと思うが、だが……」
冬十郎はわたしの髪を後ろに払った。
「少し、痛いことをする。許せ」
言うなり、わたしの服をはだけさせて首に強く吸い付いた。
焦ったように、もう一度、位置をずらして同じことをする。
わたしはびっくりしたけれど、されるままにじっとしていた。
冬十郎はもう一度「許せ」と言って、わたしの肩に歯を立てた。
痛みがあったけど、わたしは声を出さなかった。
「こんなものに、どの程度の効果があるか分からぬが………そうだっ」
冬十郎は右手を腕まくりして、わたしの方に差し出した。
「私を噛みなさい」
「え」
「早く」
「でも」
「頼む。血が出るほどに強く噛むのだ」
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