28 消えない歯形

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 わたしは意味が分からないまま、冬十郎の腕に噛みついた。 「もう少し、力を入れて。噛みちぎるつもりで」  命じられて強く噛む。  口の中に血の味がして来たので、わたしは慌てて離れた。  冬十郎の腕にくっきりとわたしの歯形が残った。  でも、それぐらいの傷ならあっという間に消えてしまうはず。  冬十郎の一族は、撃たれても刺されても平気なのだから。  だが。 「やはり……」  冬十郎は恍惚とした顔で傷を見下ろした。  ゆっくりと、愛おしそうに、指先で歯の跡を撫でる。 「そんな、どうして……?」  本来ならもう消えているはずなのに、歯形の傷はまだ残っていた。  二人でじっと見つめていても、いっこうに傷は消えない。  冬十郎は恍惚としたまま、その傷跡に唇を寄せた。 「姫の付けた傷だからだ……」 「え」  冬十郎は陶酔したような目でわたしを見た。 「姫が望むなら、いつでも私を殺せるということだ」 「何を言っているんですか。そんなこと望みません」 「不安そうな顔をしなくても良い。命を捧げるほど、私が姫を好きだということだから」  当たり前のことを言うみたいに、さらりと冬十郎が言った。  わたしはこくりと喉を鳴らした。 「いのちを……」 「そうだ。蛇は死を望まぬ限り、いつまででも生き続ける。でも、私は死を望んだ」 「冬十郎様が死ぬなんて嫌です」 「何も怖がることは無い。私達は共に生き、共に死ねるというだけのこと」  共に生き、共に死ねる。  わたしはもう一度、ごくっと唾を飲み込んだ。  鼓動がどんどん早くなる。  指先が震えていた。  でもそれは、怖いからでは無かった。 「あの方が数百年ぶりに自ら里を出て、わざわざこんなところまで出向くなど……いったい何を考えているのか分からぬが、絶対に私は姫を離さぬ」  冬十郎はぎゅっと強くわたしを抱きしめた。 「姫、私との約束を覚えているか」 「はい」 「絶対に、私以外の男の目を見るな。絶対にだ」 「はい、絶対に見ません」
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