04 黒髪美人

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「これを君の肩にかけてやりたい。近づくが、よいか」  と、ゆっくり、足を踏み出してくる。  カツンと靴音が鳴り響き、寒さなのか怖さなのか、わたしはぶるっと震えて自分の腕を抱きしめた。 「む」  黒髪美人は透明な壁に当たったように、足を止める。 「私が怖いか?」 「わ、分かりません」  黒髪美人はキンパツ男とは違うと思う。とてもきれいで優しそうに見える。でも、『親』じゃないものを受け入れていいのか、分からなくて迷う。 「私をここに呼んだのは君だと思うのだが……。呼んでおいて拒むとは」 「い、意味が分かりません」  黒髪美人はふうっと溜息を吐いた。 「できれば、この張り巡らされた警戒心の壁を取り払ってほしいのだが」 「どうしたらいいのか……分からない……」  黒髪美人は一度ぎゅっと目を閉じた。 「そうか、では仕方ないな」  覚悟を決めたような顔をして、黒髪美人は深呼吸した。  重いものを押しのけるようにゆっくりと、一歩近づく。  わたしは思わす一歩後退りした。 「そこから動かぬように」  真剣な目で言うと、黒髪美人は片手で自分の胸を押さえた。  苦しそうに歯を食いしばって、また一歩、進んでくる。  呼吸をするのも辛そうだ。  ゆっくり、ゆっくり、一歩、一歩、近づいて、ついにわたしの目の前まで辿り着いた。 「到着だ」  ふわり、とコートをかけられた。  同時に甘い香りに包まれる。黒髪美人の匂いだろうか。 「ほら、つかまえたぞ」  黒髪美人がにっこり笑った。  肩にかけられたコートがじんわりと温かい。  急にがくりと体の力が抜けた。 「おっと」  黒髪美人はわたしを抱きとめ、コートでくるむようにしてひょいと抱き上げた。  きれいな顔が間近で微笑む。 「壁が消えたな」 「そう、なんですか」 「ああ。もう怖くはなかろう」 「はい……」  わたしは力を抜いて黒髪美人に寄り掛かった。  その首に黒いネクタイが見える。黒いスーツに黒いネクタイ、そして黒いコート、葬式でもあったんだろうか。  黒髪美人はわたしを抱いたまま、すたすたとその工場を出た。  倒れているキンパツの方にはもう一瞥もくれなった。
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