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「幻覚を使うとは少々驚いた。だが、それが何の役に立つ? 飛び道具一つでそなたを殺せるというに」
振り向くと、ソファに矢が刺さっていた。
冬十郎が私の幻覚を一瞬で解いて、守ってくれたのだと分かった。
「おじい様、何をなさいます」
冬十郎が私をかばうように前へ出る。
「そなたを救いに来たのだ、ふゆ」
軍服の者達が、一斉にこちらへ武器を構えた。
私達の後ろでも、黒スーツ達が警棒を出して身構える。
「魔性の女の魅力に負け、誘われるまま色に耽り、一族の長としての役目もおろそかにしておるとは」
「いえ、けしてそのようなことは……!」
と、後ろから2号が声を上げる。
「ここから男を追い出したのであろう?」
白髪の男がクックッと喉で笑う。
「己の砦から男をすべて追い出しておいて、その愚かさに気付かぬか」
「おじい様には関係のないことです」
冬十郎は両手を広げて、私をその背に庇っている。
「ふゆ、その魔性はお前の手に負えぬ。私に預けよ」
「お断りします」
「そなたは魔性の毒に当たって熱にうかされておるだけよ。一定の距離を置いて、しかるべき時を離れて過ごせば、毒は抜けていずれ熱病は治まる」
「私は姫のそばにいると誓った。おじい様に何を言われても、承服しかねる」
「預けられぬと言うなら、この場で『さらわれ姫』を処分するまで」
「姫を殺せば、私も死ぬことになりますが」
「戯れ言を」
「戯れ言ではない」
冬十郎が右腕の袖をまくって、私がつけた歯の跡を掲げた。
どよめきが起こる。
「我ら一族は八つ裂きにされても火あぶりにされても死にはせぬ。ただし、己が死を望めばいつなりとも死ねる」
朗々と誇らしげに冬十郎が宣言する。
「私は姫に命を捧げると己の心に誓った。この傷を見れば戯れ言ではないと分かるはず」
「ご当代様、そんな……!」
悲鳴のような2号の声が響く。
「お考え直しください!」
「ご当代様!」
後ろで口々に叫ぶ声にも、冬十郎は振り向かなかった。
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