30 化け物

2/3
前へ
/169ページ
次へ
……もしもわたしが死んでいたなら、その場で冬十郎が果てるだけ……。  冷たくなったわたしの体を抱きしめて、冬十郎は、いっぱい、いっぱい泣いてくれる。  そしてきっと、隣に静かに横たわる。  最期に、あのきれいな唇で何を言うのか……。  きっと、わたしの名前を呼ぶだろう。  頭のてっぺんから足のつま先まで美しいあの人が、冷たいわたしの指を握って、ゆっくりと目を閉じる。  そして、苦しむことなく、眠る様に逝くのだ。  死んだわたしの魂を追い求めて。 「……ふぅ……」   甘い吐息が漏れた。  こんな状況なのに、おかしくなったみたいに心が満たされている。  冬十郎を思うと胸が熱くて、うっとりと頬が緩んでしまう。 「冬十郎……」  誰も彼もがわたしを化け物と呼ぶ理由が、こうなってやっと分かった。  わたしは、あの時、喜んだから。  命を捧げると言われて、わたしの胸はきゅんと高鳴った。  わたしが死んだら冬十郎も死ぬのだと分かって、震えるほどに嬉しかった。  永遠に続くはずだった冬十郎の命に、わたしの存在が期限をつけた。  それを後悔して悲しむのが普通の『人』だというのなら、喜んでしまったわたしはやはり『化け物』だということなんだろう。  認める。  わたしは化け物だ。  狂おしいほどに思う。  冬十郎はわたしのもの。  長い指先も、柔らかな唇も、艶やかな黒髪の一本一本まですべて、あの甘い冬十郎の匂いも味も、その命までも全部がわたしのものだと。
/169ページ

最初のコメントを投稿しよう!

184人が本棚に入れています
本棚に追加