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「あの頃、里にいたその女は清姫と呼ばれていました。清姫が死んだ日……雪弥様は清姫の遺体を一目見るなりお倒れになって……私が駆け寄った時にはもう息をしていませんでした……」
清姫という女の顔も知らぬし、父の顔すらもおぼろげだが、その光景ははっきりと目に見えるような気がした。もしも姫の死を目の当りにしたら、私もその場で果てるだろう。
「初耳だ……。後追いをしたという五人の内の一人か」
「はい、申し訳ありません」
「七瀬が謝ることではないが」
「当時私は雪弥様にお仕えしておりました。ふゆ様のお耳に入れないようにと指示したのは私です」
「そうか……」
私は俯く七瀬の手を振りほどいて、立ち上がった。
「話は後で聞こう」
今は何より、姫を取り戻すのが先決だ。
「お待ちください! あの子は少女の皮をかぶった魔物です! 清姫と同じ目を持つ魔性の女です!」
「それでもかまわぬ。魔物だろうが化け物だろうが、姫は私の……」
「深雪様と同じ過ちを犯す気ですか?! 妖しい女と分かっていて清姫を後妻に迎えてしまったがために、深雪様は息子を奪われ、里をめちゃくちゃにされたのですよ!」
「清姫とやらが、おじい様の妻……? では、父上は自分の妻を裏切ったというだけでなく、あろうことか義理の母親と通じたのか……?」
「はい……はいそうです。あの女の誘惑には誰も抗えない……。あの女が現れるまでは、雪弥様は決してそのような恐ろしい禁忌を犯す方ではありませんでした。誠実でまっすぐな美しいお方でしたのに……」
七瀬は拳で涙を拭った。
七瀬は父を慕っていたようだが、私には父の記憶がほとんど無い。
死因が分かったところで特にどうとも思わなかった。
「そうか……。私に今、妻子がいなくて良かった」
「そういうことを言いたいのでは」
「そういうことだ。もしも妻子があったとしても、私は姫をあきらめられぬだろう」
姫を胸に抱いている時のとろけるほどの幸福感と、姫から引き離された今の狂おしいほどの飢餓感。これほど激しく揺れ動く感情を、初めて知った。禁忌を犯して死んでいった父の気持ちが痛いほどに分かる。
「常識も倫理も関係なく、ただ求めずにはいられないのだ……」
「ふゆ様……!」
「私の今の名は冬十郎だ」
「……冬十郎様、お願いです」
七瀬はしつこく私の腕に取り縋る。
「『さらわれ姫』の存在を事前に知っていたからと言って、清姫がもたらす災いを防げたのかは分かりません。でも……清姫と雪弥様がお亡くなりになったあくる日、寝所から出てきた深雪様の髪は真っ白になっていました。清姫の恐ろしさを、身を持って知った深雪様なら、きっと今まさに『さらわれ姫』に奪われようとしている冬十郎様をお救い出来るのではと……」
七瀬がまた、涙を拭う。
息を詰めるように、周囲の者が私達の言葉を聞いていた。
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