01 『親』

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01 『親』

「ユリエちゃん、いい子にして待っててね。絶対、絶対、ここから出ちゃだめだからね」  わたしをさらってきた新しい『親』は、わたしのことをユリエと呼んだ。  ユリエ。  その名前に対して、特に好きも嫌いも無い。  『親』が変わると名前も変わる。  それは、いつものことだから。  話し方はどうしようか…………迷ったけれど、とりあえず無難な敬語を使う。 「はい、分かりました」  『親』は嬉しそうにうなずいて、わたしの手を握った。 「お父様だよ、ユリエちゃん。お父様って呼んでみて」 「はい、分かりました、お父様」 「うん、いい子だ。ユリエちゃんはいい子だね」  ニコニコと笑いながら、『親』はロープを取り出した。 「大丈夫、痛くないからね」  逃げる気なんて別にないのに、片足を柱につながれてしまった。  それでやっと安心したのか、『親』は財布をつかんで出かけて行った。 ロープの結び目を見る。 頑張れば解けそうだったけど、どうせ行く当ても無いし、することも無いので、つながれたままで少し眠った。  大急ぎで走って来たんだろう。 『親』は顔に汗をかきながら、たくさんの袋と箱を抱えて帰って来た。 じっと観察してみる。 のっぺりした顔、主張のない無難な服装……ちょっと小太り。 小太りってことぐらいしか、特徴が無い。 「ほら、見てごらん」 コブトリ男は箱を開けて、ふわふわしたフリルたっぷりの白いドレスを広げて見せた。 「可愛いだろう?」 「はい、可愛いです」 「着替えてみて、ユリエちゃん」 「はい、お父様」  今着ているTシャツとジーンズを脱ぐ。  コブトリはちょっと顔をしかめた。   スポーツタイプの下着はお気に召さないらしい。 「うっかりしていたよ。明日にはフリルの付いた可愛いものを買って来てあげるからね」 「ありがとうございます、お父様」  ドレスに袖を通す。背中にボタンがいっぱいあるのを、眉尻を下げながらコブトリがひとつひとつとめていく。  着替える時にいったん外したロープを、コブトリはまたわたしの右足首につないだ。  部屋の中くらいなら歩ける長さがあった。  トイレやお風呂の時には、はずしてくれるはずだ。……多分。  満足そうにうなずいて、コブトリは部屋にあった古いロッキングチェアに座るように言った。 「ああ、とてもよく似合うよ。お人形さんみたいだ」  コブトリは近づいたり離れたり、右に行ったり左に行ったりして、ドレス姿のわたしを鑑賞している。  コブトリはわたしの髪を一房つまんだ。 「うーん、やっぱりストレートは違うよな。うん、巻き毛がいい。巻き毛にしよう」  一人で納得すると、買い物袋の中からいそいそとヘヤアイロンを取り出す。  嫌な予感がしたけど、わたしは表情に出さなかった。 「ユリエちゃん、動いちゃだめだよ」 「はい、お父様」  今まで何度もさらわれてきた。  さらわれるたびに『親』が変わった。  『親』はわたしに名前を与え、服を与え、食事を与えた。  だからわたしはどんな名前でも喜ぶし、どんな服でも素直に着るし、どんな食事でも好き嫌いせず食べた。 「熱っ」 「あ、ごめんね、ユリエちゃん。もうちょっとだから」  だから、ちょっとの火傷くらいは我慢できる。  少しお腹が空いてきたし、じっとして、早く終わるのを待つ。 「はい、お父様」  不器用にヘアアイロンを動かしているコブトリに、わたしは微笑んでみせた。  その時、玄関の方で、ガチャリと音がした。 「兄貴―、いるかー?」
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