ダイヤと屑石4

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ダイヤと屑石4

 「そういう鈍感さ、残酷だよ」  俺の膝を掴んで割り開き、指を抜き差しほぐした窄まりにペニスをあてがう。  「痛ッて………!!」  洒落にならない。  お前が今ぶちこもうとしてる穴は出すところであって断じて入れるとこじゃねえ、はいストップ終了そこまで冗談やめろ、そう喚いて押しのけようにも上背利して組み敷かれちゃ無理な相談で藤馬は俺の悲鳴にも耳を貸さず肉を裂いて進んでくる。  「ふじ、ま、やめ、つあ、うぐ………」  何だこれ痛えマジ痛え全然気持ちよくねえ、男同士がどうやってヤるかそれくらい知ってるだけどまさか自分が体験するとは思わなくて悪夢よ覚めろと頬をつねりてえ、藤馬はどうしちまったんだ俺が知ってる藤馬はこんなヤツじゃない誰にでも分け隔てなく優しく頭がよい完璧な幼馴染、俺のコンプレックスを刺激し増長する目障りな存在、だけど今俺にのしかかる藤馬はいつもの余裕を失っていつもの笑顔が剥がれ落ちて痛々しいほど切羽詰った素顔を晒す。  「ふあっ、あ、あう」  排泄の用しか足してなかった孔を熱く固い異物がこじ開ける。  荒々しい突き上げに合わせ繋がった下半身が脈打つ。  どうしてこんな目にどうして藤馬は脳裏で渦巻く疑問符がちぎれとんで喉が仰け反る、迸り出るはずの絶叫は内臓を圧迫されくぐもった呻き声にしかならず嗚咽を噛み潰す。  「減点。もっと色っぽく喘げ。全然そそられない」  「―っ、ふじまてめ……モテモテで相手に不自由してねえくせに……俺のこと騙して、部屋押しかけた上、舌まで突っ込んで……」  きつく瞑った目に悔し涙が滲む。  俺の中で完璧な王子の虚像ががらがら音をたて崩れて行く。  ガキの頃から近所に住んでた遊び友達、優しくて頭も顔もよくてみんな藤馬が好きだった、小学校も中学も高校も一緒でずっとずっと一緒で、あんまり一緒にいたせいで比較され貶められるのに慣れきって、所詮俺なんかどれだけ頑張ったって藤馬にかなわないんだからと物事を途中で諦めて投げ出す卑屈な人間になっていた。成り下がった。  俺の限界が藤馬の序の口と知ったときから  「楽しいか……」  屑石は光らない。  俺には道端の石ころ程度の価値しかなくて、女の子は目の色かえてダイヤモンドに群がって、不公平だ理不尽だと憤ったところで負け犬の遠吠えで、嫉妬で、俺には俺のいいところがあるさとかっこつけてみたって虚しい。  俺が持つ輝きなんて、藤馬と並べばあっというまにくすんじまうちんけな代物。  湿った鼻声でぐずれば、俺を貪る藤馬の動きが止まる。  俺を見下ろす目には疑問の色、虚を衝かれた空白の表情。  不安げに見下ろす藤馬を睨み返し、浅く弾む息のはざまから掠れた声を絞る。  「崎谷さんだけじゃねえ……小学校から好きな子横取りしてきたくせに。時飼育当番で一緒のイズミちゃん、委員長の春日さん、高校はクラスメイトの入江……なんでみんな示し合わせたようにお前の事好きになるんだよ、俺のが先だったのに」  違う、藤馬を責めるのは間違ってる、こいつに責任はない。俺が好きになった子が藤馬を好きになった理由はおのずと察しがつく、俺と藤馬は家が近いから一緒に帰る事が多くって俺と藤馬が並んで歩いてるとこ目撃した女の子がよりルックスいい方に目移りしちまうのは仕方ない。  仕方ないけど、腹が立つ。  「お前ばっか、ずりい」  痛い。苦しい。情けない。引き裂かれた下肢が痛む、繋がった箇所が溶けそうに熱い、中に入ったものが脈を打つごと太りゆくのをリアルに感じちまう。  「……巧……」  言いかけ、やめる。  戸惑いがちに伸びる手にびくつき身を引く。  恐怖心を剥き出した反応にはっとし手を引っ込めかけかけるも、意を決しまた伸ばす。  「泣くな」  頬に手をあて、目尻に浮いた涙を人さし指ですくう。  「怒っていいけど、べそかくな」  がらにもなくまごつき耳元で懇願する。  藤馬の顔を直視するのが癪で、絶対目を合わせてやるもんかと意地になって、広い胸に顔を埋めておもいっきり洟をかむ。  「許さねえ」  「許さなくていい」  耳を疑う。  潤む目を薄く開ければ、吐息が絡む距離に藤馬が迫っていた。  聡明に整った顔立ちを苦悩と快楽に歪め、告白を迂回するように俺に触れる。  「俺は多分、お前がその子たちを好きになる前から、お前が好きだったよ」  藤馬でもこんな切ない顔をすると初めて知った。  叶わない願いを抱くような、どうしても手に入らないものを仰ぐような、葛藤せめぎあう哀切なまなざし。  「練習台って、嘘か」  「むっつりだから、俺」  王子の口から出た、見た目にそぐわぬフラチな台詞に驚く。  「お前単純だから、練習台の口実に流されて舌まで入れてくれて得した」  「口の中ぐちゃぐちゃかき回すから……」  「気分出してたくせに」  責任をなすりあうも分が悪い。確かにキスひとつで骨抜きにされちまったのは事実だ。  腹が圧迫されて苦しい。満足に呼吸もできない。藤馬の存在を俺の中に感じる。男とセックスしてる。つうか、どう見たって強姦だ。無理矢理だ。アルコールが回った体はクラゲみたいにふやけきって、なのに体の一部分だけ露骨に主張してる。  透明な先走りを滲ませそそりたつペニスに頬が燃え立つ。  「酔っ払ってちゃ勃たないかもって心配したけど、元気だな」  「るせ……」  息も絶え絶えに反抗する俺にちらりと笑い、股間に手をもぐらせペニスを軽くしごく。  先走りのぬめりを指に絡め手のひら全体に広げ、それを鈴口に塗りこめていく。  「は……、」  裏筋にそって緩急つけて上下する指。  先走りを捏ねて糸引かせ、粘着性の卑猥な水音をたて、後ろを貫く痛みを逸らすように優しく意地悪く次第に勃起し始めたペニスをいじくる。   「!ぅあっ」  耳の裏を強く吸われ、不意打ちに声が上擦る。  俺のものをいじくるのと反対の手が膝裏にもぐり、筋肉に覆われてないそこをやわやわ揉み解す。  「お前のいいところ、耳。膝裏」  「よせ……っ、頼む、変なことすんな……ぞくぞくして……」  「全部性感帯だ。覚えとけ」  血管が青く透ける耳朶を啄ばみ、弛みきった襟ぐりから覗く鎖骨の膨らみを甘噛みする。  皮膚が薄く敏感な膝裏を集中的にいじくりまわされ、子犬がむずがるように鼻から吐息が抜ける。  「……エロい顔。物欲しそうだ」   真綿で締めるような緩慢さで手淫を施され、嬲るだけ嬲ってイかせないじらしのテクが後ろの痛みを散らし、闇に沈んだ天井を仰いで啜り泣く。  「―も、離れろ、抜け……なんでこんないきなり、わけわかんねえ、さっきまで普通だったじゃん……」  居酒屋で隣り合った藤馬の人当たりよい笑顔を思い出し、打ちひしがれてなじる。  「はじ、めてなのに、畜生、なんで相手お前、男、幼馴染で」  恥ずかしい情けない今の顔見せたくない、自己嫌悪と羞恥と根深いコンプレックスが闇鍋のように煮え滾って交差させた腕で顔を隠す。  「よりにもよって、お前」  どうして俺をそばにおく?俺なんかに構う?  釣り合わない、相応しくない、引き立て役にしかならない、それに類する事は周りの人間にさんざん言われてきた。そのたび能天気に笑って聞き流してきたけど限界だ、俺だって傷つく、プライドを引き裂く藤馬を恨む。  屑石の殻を破れない焦りと苛立ちと不満が腹の底で燻って含んだビールはやけに苦くて、失恋の憂さ晴らしにさんざん絡んで、よく出来た幼馴染はそんな俺を笑ってなだめて、聖人君子な横顔を仰いで、ああ、本当にこいつにはかなわねえやとしみじみ感じ入った。  「―ヤられる側で、全然想像と違う、しかも酒入って、わけわかんなくて……揺らすな、吐く……」  「三半規管弱いな。小学校の遠足でも悪酔いしたっけ」  思い出し笑いする顔にガキの頃の無邪気な面影がだぶり郷愁が疼く。  「あん時、お前……行き帰りのバスん中で、つきっきりで背中さすってくれた」  記憶の中の手のぬくもりが俺自身をしごく手の嫌悪を緩和する。  藤馬は俺に優しい。どうしようもなく優しい。その優しさが俺を傷付けると知らない。  優しくされればされるほどみじめになる。優しさに値しない自分が辛くなる。  「……そばにいちゃ迷惑か」  「迷惑」  間髪いれず言い返す。  大学入ってからできるだけ近付かないようにしてたのに、俺を追うようにしてサークルに入って、また元の木阿弥。  「なんにもしなくてもただそばにいるだけでみじめになる。イヤミだよ、どうして俺なんか」  「なんかって言うな」  「なんかだよ。なんかだ。俺につきまとう価値ねえよ。同情してるのか?」  「違う」  「俺があんまりみじめでださくてモテない後ろ向き野郎だから、気の毒がって一緒にいてくれんのか。だれそれに告って振られたとかって愚痴をにこにこしながら聞いてんのは、かっこ悪い俺を腹ん中で笑ってるからか」  藤馬は優しすぎる。  優しすぎて、怖くなる。  世の中には選ばれた人間と選ばれなかった人間がいる。  藤馬は前者で俺は後者。  藤馬はスポットライトの当たる道を歩く人間で、俺はきっと、とぼとぼ端っこを歩く。  喘ぐように息を吸う。腹筋が引き攣る。  苦痛に顔を顰めた俺の頬を手で包みさする藤馬、心配そうな顔。  「……呑んだんだから、もっとばかになりゃいいのに」  意識が飛んじまえばいいのに。都合よく記憶喪失になれたらいいのに。  失恋の痛みも理想に届かない自分への不満も十数年越しのコンプレックスもすべて流れ去る成果を期待して酒をかっくらったのに、肝心な時に役に立たない。  中途半端に正気を保ったままコンプレックスに凝り固まった本音を語るのは辛い。  どうして藤馬は俺を抱くんだろう。  どうして俺なんかがいいんだろう。  「さっきの約束守る」  唐突に藤馬が俺の顔を手挟み、強引に前を向かせる。  正面に固定された視界に藤馬が映る。  衣擦れの音が響く闇の中で俺と向き合い、情熱に狂う一途な瞳で見つめる。  「お前のいいところ、ひとつずつ教えてやる。いつもちゃらけてるけどほんとは真面目だ。思いやりがある。人を笑うより笑われるほうを好んで選ぶ。居酒屋でお手拭き投げつけられた時、怒ったってよかったのに、場の空気を壊すのがいやで笑って済ませたろ。大人だって感心した。あんなふうに大勢の前で恥をかかされたら怒り出すヤツもいるのに、ぐっと堪えた」  「あの程度でキレたりしねえよ。居酒屋だし、迷惑だし、相手は女だし……」  「そう思えるのがお前の長所だ。他にもある、たくさんある、ちゃんと聞け。お前は優しい」  「お前のほうが」  「誰にでも優しいってのは誰にも優しくないのとおなじだ」  両手で俺の顔を包んで引き寄せ、至近距離で目を見据える。  真剣な眼光に息を呑む。  ふいに固い表情がゆるみ、口元にほのかな笑みが上る。  「お前はいいヤツだ、保証する。ずっと見てきた俺が自信もって太鼓判おす。お前は真面目で優しくて、人を笑うよりか笑われる方を選ぶヤツで、自分を振った女の事を絶対悪く言わない。自分の魅力のなさを嘆きはするけど、相手は恨まない。もし恨んでたとしても人前で口に出さない。……そういうとこ、すごくかっこいいと思う。惚れ惚れする」  「ほれぼれ……?」  口説かれてるみたいな錯覚に陥り、呆けて繰り返す。  藤馬ははっきり首肯し、誠実に誓いを立てる。  「俺はもう何回もお前に惚れ直してる。お前のいいとこわかんない連中は馬鹿で節穴で相手にする価値ない。お前が言わないから俺が言う、放っとけよ、お前のよさがわかんない女なんか」  「だってお前、女友達いっぱいいんじゃん」  「好きなのは一人だけだ」  藤馬が近い。どうしてこんな切ない目で俺を見る?  乞うように縋るように一心に俺を見詰め、俺の背中に手を回し、熱に浮かされ今にも蒸発しそうな輪郭を確かめるようにして抱きしめる。  「お前のよさに気付きもしない節穴女追いかけるのやめて、俺にしろよ」  今まで藤馬は誰にでも優しいと思ってたけど、違う。  藤馬は俺にだけ優しい。  俺の絡み節にいちいち相槌打って辛抱強く付き合ってくれんのも、タクシー放り込んで肩貸して階段上がってくれたのも、鍵さがすの手伝ってくれたのも俺だからこそで、俺の特権で。  そういえば俺は、藤馬が他人の愚痴に付き合うところを見た事がない。  藤馬はもとから要領がよく機を見るに敏で立ち回りに長けているから、誰かが酒をくらって荒れだす兆候と共にふらりと消えて、嵐が去るまで別の島に避難するのが常だった。  俺だけが、特別だった。  藤馬は誰にでも優しいけど、肩を貸してくれるのは、俺だけだ。  「……お前じゃなきゃ誰がするか。お前だから、お前が好きだから、重くたって苦にならなかった。ずっと寄りかかっててほしかったくらいだ。肩が痺れたって構わなかったんだよ、こっちは」  猫かぶりの王子様が吐き捨てる。  「変に思わなかったか、飲み会のたび隣に座るの。隣おさえるのは下心だよ、俺以外のだれも酔っ払ったお前に近づけたくなかった、お前が頼るのは俺だけでいいから……他の人間に寄りかかるところなんて見たくない、隣にいれば俺を見るだろう。お前が失恋するたびほっとした、最低だよ俺は。お前が思ってるようなヤツなんかじゃない、そんな余裕ぜんぜんない、ヤキが回ってるんだ、お前が」  『色気を教えてくれ』  「あんなこと言い出すから」  目の前にいる藤馬は俺の知らない藤馬で、俺が今まで見てきた王子様とは別人で、でもやっぱり藤馬に違いなくて、その証拠に、今もこうして胸を貸してくれる。  酔っ払って気分が悪くなるたび、こうやって藤馬にもたれかかった。  吐き気がおさまるまで、あやすように背中をなでてくれたのもまた藤馬だった。  「ごめん、巧……」  藤馬が謝る。  「俺、我慢も加減もできない。ほんというと、今のお前、めちゃくちゃ色っぽい」  しどけなく乱れた前髪が気だるい色香を付け足す欲情の表情に、浅ましく喉が鳴る。  耳元で何度も何度も謝りながら抽送再開、容赦なく突き入れてくる。  「ふあっ、あう、ああっ」  さっきまで苦痛なだけだったのに腸を滑走するペニスが一点をつくなり鋭い性感が閃く、艶めく声の変化を感じ取った藤馬が重点的にそこを突く、体の奥に眠る未知なる性感を掻き起こされ電流が背筋を貫く、俺を抱く藤馬と目が合う、視線が絡む、まともにものを考えられないのはアルコール過剰摂取が原因か現在形で与えられる快楽のせいか判断できない。  「俺、ぜんぜん、自慢できるような人間じゃないんだよ」  俺に突っ込みながら、次第に呼吸を荒げ始めた藤馬が辛そうに顔を歪める。  「中身ぐちゃぐちゃのどろどろで、汚くて、俺がほんとはどんな人間か知ったらみんな幻滅する。お前がだれか好きになったって報告してくるたび苦しくて、どう上手く行きませんようにって祈って、お前が片想いしてる子にわざと勘違いさせるようなまねして……無自覚でも無神経でもない、言い訳なんかできない。嫉妬したんだよ、お前が好きになった子たちに。だから上手くいかないよう邪魔した」  衝撃の告白。  締め付けのきつさに藤馬の顔を汗が伝う、俺を組み敷いてキスを落とす。  「どうしようもないくらい好きなんだ。お前が好きな女をとっておきながら、どうしてお前じゃなくて俺を選ぶんだって腹の中で怒りまくって……ばかだよな。勝手すぎる。俺なんて猫かぶりが上手いだけで、お前の中身のがよっぽど上等で、彼氏にするなら断然巧のほうがいいのにどうして気付かないんだよって」  どうかしてるな、と皮肉っぽく片頬歪めて自嘲する。  初めて見る藤馬の卑屈な顔に、不公平だと拗ねてばかりの自分を投影する。  「俺なら巧がいい。巧しか欲しくない。仕方ないじゃないか気付いた時には手遅れだった、欲しくて欲しくてたまらなかった、ぐでんぐでんに酔っ払ったお前を見てチャンスだとおもった、色気教えてほしいって言われて舞い上がった、あんな顔でそんな事言われたら我慢できない、お前が他のヤツ好きになって振られまくる間ずっとずっと好きだったんだ、何年越しだかわからない、今度は誰々を好きになったって相談されるたびロシアンルーレットの引き金引かれる気分だった」  こめかみを伝う涙が熱い。  懺悔しながら後戻りできぬ加速がついて俺を抱く、皮膚に包まれた鎖骨のふくらみを唇でなぞりつつ猛りたつペニスをしごく、足を高く持って密着する、前立腺を擦過する怒張の質量をやり過ごす、結合が深くなってこらえきれない嬌声が上がる。  「あっ、あ、ああっやっああっ!」  自分が何を口走るかわからず怖い、無意識にもがいて藤馬に抱きつく、藤馬が唇を吸う、唾液を分け合い飲み干す、夢中で絡めあう舌は麦酒の味がして口の中に苦味が広がる、潤沢な襞を練りこみ体内の一点を穿つたび苦痛は薄れて下半身からどろどろ煮溶かされていく、ピッチを速め抜き差しされるペニスが内壁を削って欲望の律動に乗じて絶頂へと追い上げていく。  「ひぅ………!」  体内に挿入されたペニスが鼓動を打って膨らみ、熱い液体が爆ぜる。  同時に射精の瞬間を迎えた。  力尽き、藤馬の肩にかけた腕がずりおちる。藤馬が俺を呼ぶ。  背中からマットレスに衝突、虚脱した四肢を無造作に放り出して瞼を閉ざす。  急激に睡魔が襲い、明滅する意識をあっさり手放す。  「巧!」  最後に聞いたのは、俺を呼ぶ絶望した声だった。  「………………」  腰にだるさがつきまとう。  どれくらい寝ていたのだろう。雑に引いたカーテンの隙間から白々した朝の光がさしこみ、雑誌や服が散らかり放題の床を刷く。  目覚めた時、そこは見慣れたアパートだった。  ベッドに寝転んだ俺のズボンはきちんと引き上げられて、ご丁寧に毛布がかけられていた。  「ふじま……」  いた。  「うわ」  ベッドの端に腰掛けていた。  俺の目覚めに気付いた藤馬が振り向き、「おはよう」と憔悴した笑みを浮かべる。  一睡もしなかったのだろうと目の下の青黒い隈でわかる。  「喉渇いたろ。なんか持ってくる」  「……冷蔵庫にコーラが入ってるから」  心得たとばかり頷き、雑誌や服で覆われた床を歩いて台所に行き冷蔵庫を開ける。引き返し藤馬の手からペットボトル入りのコーラを受け取り、じかにあおる。  「……いけそうか」  「だりいから休む」  「そか」  覇気のない声。肩を落とした姿はひどく頼りなく、王子様の面影なんて微塵もない。  藤馬は俺から距離をとり、雑誌をどかして作った場所にじかに座る。宙ぶらりんの沈黙が漂う。  たぷつくペットボトルをもてあそびつつ、とりあえず、さっきから気になってたことを聞いてみる。  「……後始末してくれたんだ」  「うん」  「サンキュ」  「俺のせいだから」  その一言で、藤馬が昨夜の行為をどう思ってるのか理解できた。  床に座り込んだ藤馬は下を向いたまま、俺と目を合わすのを避けている。気まずい雰囲気がむず痒く、持て余したペットボトルを翳してみる。  「飲むか」  ぽいとペットボトルを放る。  藤馬はそれを危うげなくキャッチし、一瞬俺の顔色をうかがってから口をつける。  ペットボトルからじかにコーラを呑む口元が目を奪う。  規則正しく上下する喉仏の動きに魅せられる。  ベッドに胡坐をかき、藤馬が油断しきったタイミングを見計らって爆弾を落とす。  「間接キスだ」   案の定、豪快にむせた。  俺の指摘にうろたえきって激しく咳き込み涙目になる姿があんまりおかしくて、腹を抱えて爆笑する。  口を拭い向き直った藤馬が不機嫌になにか言いかけてやめ、ぎこちなく強張った顔をほんの少しゆるめ、気遣いに感謝するようなまなざしを注ぐ。  「……手痛いレッスンだったな」  顔を上げた藤馬をまっすぐ見詰め、口の端を吊り上げ自慢の八重歯を覗かせ、わざと不敵な笑みを作る。  「どう?ちょっとは色っぽくなった?」  ふざけてまぜっかえせば、藤馬がまたしても口を開きかけて閉ざし、沈痛な表情で俯く。  「……昨日、居酒屋で言ったよな。自分に足りないものは何だろうって」  「ああ」  「ベッドの中でこう言った。俺の事好きになってくれる子なんか永遠に現れないって」  「そんなこと言ったっけか?」  さすがに恥ずかしくなってとぼければ、いつのまにか藤馬が立ち上がりそばにより、手にしたペットボトルを突き出す。  「俺は?ずっと好きだったのにカウントされてないのか」  俺の頬にペットボトルをすりつけ、手渡す。  ベッドの端に腰掛け、膝の上で五指を組み、困り果てた視線を床に放って訥々と語りだす。  「……俺に足りないのはお前だ。お前がいないと胸が苦しい。お前の声が聞けない大学はつまらないし、お前の顔を見ない日は気分が晴れないし、お前がだれかを好きになれば嫉妬に狂って息も吸えない。お前がいないと空気が極薄な場所に放り出されたみたいでいてもたってもいられない。だから追いかけた。高校も大学も一緒のとこ選んだ。迷惑だってわかってた、俺と比べられるのうんざりしてるってわかってた、でも」  ダイヤモンドは単体で輝く宝石だとおもっていた。  「ハリボテなんだよ、俺は。ぐちゃぐちゃどろどろの中身を隠して愛想ふりまくイミテーション。本当の俺は嫉妬深くて、独占欲強くて、女と一緒にいるお前を見ては苛立って、男友達と笑ってるお前を見ては相手をぶん殴りたい衝動を必死で我慢するようなあぶないヤツで」  飲み会の時は必ず隣の席を確保する。  俺に近付く女は魅惑の笑顔を武器に片っ端から追い払う。  「ハリボテだけど、巧を好きな気持ちは本物なんだ」  恋する気持ちはダイヤの原石に似ている。  純粋な結晶の核を守るため、嫉妬や独占欲や意地やコンプレックスの殻が表面を覆っている。  ハリボテ王子は頭を抱え、顔を覆った手の中に弱音をこぼす。  らしくもねえしょげきったポーズにむかっぱらがたち、威勢良く発破をかける。  「―レッスン、あれで終わりかよ」  「え?」  「全然よくなかったよ、昨日の。参考になんねえ。キスはともかく肝心のセックスがあのざまじゃ、俺が晴れて女の子とラブラブで付き合いだした時恥かくぜ。大体さ、何あれ?お前強引すぎ。あんなふうに足かっぴろげて突っ込んだら女の子恥ずかしがるだろ、物事には手順ってもんがあるんだ、すっとばすなよ」  いつもと逆に説教かましてるのがおかしくて笑っちまった顔を引き締め、深呼吸し、宣言。  「お前のテク、ぜんぶ盗みきってやる」  藤馬は俺が好きだった。  俺のことを好きになってくれるヤツなんて永遠に現れないと諦めていたのに、この馬鹿は、ずっと俺が好きだったという。  愛されてこそ人は輝くのだとのたまったのはだれだったか。  誰かに好きだといわれるのは、まんざら悪くない気分だ。  「……おかしいな、フツーに女の子が好きだったんだけど」    藤馬は俺の憧れで。  憧れだからこそ反発して。  妬ましく疎ましく思う気持ちの裏で、同じ位の強さの羨望を抱いていた。    「巧、それって」  藤馬が振り向く。  頬にさした赤みを悟られるのがいやであえて藤馬の方は見ず、口ごもりつつ続ける。  「恋愛感情だって断定できねえけど。つうか俺腐ってもノーマルだし、やっぱ痛かったし、ぶっちゃけは?ってかんじで、でも嫌だったかっていうとそうでもなくて、痛いだけじゃなかったっつーのが本音で、いきなり押し倒されてびびったけど、その……」  ひとつ息をつき、昨日の今日でとっちらかった気持ちに整理をつける。  「……俺さ、好きになった子には甘いたちみたいで。あんな事があったのに一晩明けてもお前の事嫌いになってなくて、酔いが覚めてもお前の……キスとか、手とか、感触はっきり覚えてて。思い出すと死ぬほど恥ずかしいけど、認めるのはちょい癪だけど……えーとだ、つまり」  曖昧に言葉を濁し、こみ上げるむず痒さを堪えてぶっきらぼうに言う。  「今まで好きでいてくれてありがとう。気付いてやれなくて、ごめん」  その瞬間の藤馬の表情をどう形容したらいいだろう。  安堵と喜びと愛しさが綯い交ぜとなった顔は少し滑稽で情けなくて、おっかなびっくり腕を伸ばす不器用さが笑みを誘い、今度は俺のほうから倒れこむ。  藤馬の胸にぼふんと顔を埋め、絶叫する。  「~いってえええええええええ!!」  忘れてたが、二日酔いだ。  腕の中で悶絶する俺に驚き、反射的に身を引く藤馬の腕を掴む。  「~つーことで、今日の代返よろしく。もう一眠りすっから」  「ごめん、むり」  「無理っすか!?」  即断られ抗議の声を上げれば、声がじかに頭蓋に響いて再び突っ伏すはめになる。  ベッドの上で七転八倒する俺の上から毛布を剥ぎ、拒絶させぬしなやかで隣に滑りこみ、身を横たえる。  「俺も休むから」  王子様は幸せ絶頂蜜月の笑顔でそうおっしゃって、俺の顔を優しく掴み、コツンと額をぶつけてくる。  「言ったろ、慢性的にお前不足だって」  額と額を合わせるうちに人肌の体温が引っ越してふしぎと頭痛が和らいでいく。  藤馬の腕に大人しく身を委ねまうつらうつらどろみつつ、釘を刺す。  「つぎはシラフで頼む。酔っ払いのキスは苦くていやだ」  かくしてダイヤと原石の恋は始まったのだ。
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