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カラコロとドアに取り付けられたベルが鳴る。
「いらっしゃい」
店長らしきおじさんが言った。皺の多い厳格そうな顔だったが、声は穏やかで優しげだった。
そこは雑貨屋ではあったが古そうな家具や花瓶なども置いてある。どうやら骨董屋も兼ねているようだ。
彼女はさっそく店の中に入って置いてある物を見てまわる。ぼく自身は雑貨にも骨董品にもあまり興味が無いので彼女が楽しそうにしているのを壁際に立ったままながめていた。
「兄さんらは」
と、カウンターで手作業をしていたおじさんが言った。
ぼくが「はい」と応えるとおじさんは続ける。
「この店の最後の客になる」
「まだ、終わりまで時間はありますよ」
おじさんは紙をめくる手を一度止めた。
「いや、昼前には店を閉める。午後は墓参りにいかにゃならん」
「……奥さんの、ですか」
あまり、深入りするようなことを聞くべきではないのかもしれないが、このおじさんは誰かに話をしたかったのではないかと思い、そう尋ねた。
話をしたところで、それを聞いたところで、今日が終われば世界は終わるのだから意味は無いのかもしれない。でも、おじさんはぼくの問いに、静かに頷いた。
「あのひとも子供も、先に行ってしまった。もう、ずいぶん昔のことだ」
「……そう、でしたか」
同情するのはどこか違うような気がして、そう答えることしかできなかった。
それ以上、おじさんは何も言わなかった。ぼくも、無理に話を聞き出そうとは思わない。
ぼくに声をかけたのはなぜだろう。
ぼくらの姿を昔の自分たちに重ねたのだろうか。
それとも、亡くなった子供が成長していたらこのぐらいの年齢だったろうな、と考えたのだろうか。
わからない。知るよしはない。
さきほどの会話で、何かが報われたのかもわからない。
もし、ぼくがこのひとと同じ立場だったら、と考える。
もしそうだったら、世界が終わって良かった、と。
「やっと、会いに行ける」と思うかもしれない。
・・・
「ひとつ、好きな物を持って行ってくれてかまわない」
財布を鞄から取り出しかけていた彼女は、え、と驚いた。
「その手に持ってるものでもいい。代金はもう、いらん」
「でも……」とうろたえるが、おじさんは背を向けて入り口のドアを開けた。
カラコロとベルが鳴る。
ぼくらは顔を見合わせた。おじさんは頑なにその場から動かない。ぼくらが店を出て行くまで、そうしているつもりだろう。
「ありがとう、ございます」
ぼくも彼女と同じようにそう言って頭を下げた。
「老人のわがままだ。礼もいらんよ」
に、と笑う。顔の皺がより深くなる。
そう言われて、彼女はもう一度お礼を言った。
ぼくらが店を出て自転車にまたがっている間に、店の入り口には「準備中」の札がかけられていた。
今日はもう、あの札が「営業中」になることはないのだろう。
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