せめて完璧な終末を

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 あと少しで十一時半になる。  すでに先ほどの上映は終わったようで、駐車場からは車が何台か無くなっており、自転車もいくつか消えていた。  扉が開け放たれた劇場はすいている。  ドーム状の天井、その中天の下には星を映し出す装置と、見慣れたおじいさんが立っている。  おじいさんは頭にかぶった真っ赤なキャップをとって無言でこちらに挨拶をする。それにぼくらは会釈で返した。  暗いホール内では、人が座っている場所だけがぼんやりと映えて見える。家族連れが二組、二人組がぼくらを含めて三組、ひとりできている人も五人くらいいる。ひとつひとつのグループは離れている。ぼくらもなんとなく近くに人が居ない場所を選んで座った。  赤いキャップのおじいさんが扉を閉める。  ほどなくしてブザーが鳴る。 『世界最後の一日を、ここで過ごされる皆様へ。本日は当ゆずはなホールにご来場いただき、誠にありがとうございます』  それは録音音声のようだった。透き通るような心地よいアナウンスが、さらに闇を深めていくホールの中に響く。 『天気予報では曇り空でしたが、ここではそれも関係ありません。では、共に夜空へ旅立ちましょう』  そう言ったあと、ホール内は静かになり、プラネタリウム装置の駆動音が微かに聞こえてきた。天井に濃紺の夜空と白い満月が浮かび上がる。  アナウンスと共に千変万化する空を、ふたりで眺めていた。  春の銀河、夏の天の川、秋の月、冬の流星群。  北半球も南半球も、地球も、月も、銀河もどこへだって自由自在。  場所を越えて、時を超えて、二人で永遠に夜空を旅していく。  そんな夢物語を思い浮かべてしまうほどに、その空はきれいだった。   最後にぼくらは地球から離れ、太陽からも銀河からも星のある場所からも離れ、ずっとずと暗い闇の中を、もう見えなくなった星の塊を見つめながら、それに手を伸ばしながら、闇の中に落ち続けていった。  ホールの明かりが灯る。  暗闇に慣れた目にはまぶしすぎるそれを防ぐように目を覆った。 「ここに来て、よかった」  と、彼女が言った。  目には涙を浮かべている。 「……怖くなった?」  そう尋ねると、彼女は少しだけ目を見開いて驚いた様子だった。  彼女がプラネタリウムに感動して涙を流したわけではないとわかっていた。  彼女は頷いて、指で涙をぬぐう。 「今日、世界が終わったら、あんな風にひとりでずっと暗いところにいるのかなって、そう思ったらちょっと、怖いというか、寂しいというか……ね。ちょっと、実感しちゃって」  その無理して笑うような顔をされると、ぼくはどうしようもなく苦しくなる。  だから、彼女の手を握って、言葉をかける。 「大丈夫です。きっと、二人でどこにでも行けますよ」 「どこにでもって……」 「天国でも、地獄でも、生まれ変わっても、真っ暗闇の中でも、それ以外でも、きっと、ずっと二人で行けますから」  クサい台詞に、指先から耳まで赤くなっているのが自分でもわかる。  周りに人が居なくて本当によかった。いや、周りに人が居たら、彼女も泣いたりしなかっただろう。  彼女は手を握り返してくる。慣れたはずのその感触が、今はどうにもむずがゆい。 「……ありがと」  彼女が小さくそうつぶやいた。  また、ブザーが鳴る。  さきほど共に空を見ていた人たちはいなくなっており、またべつの人たちがまばらに集まって席に着いていた。  ぼくらは退場しそこなったようだった。  いまさら出るのも迷惑になると思い、ぼくと彼女は手をつないだまま、また同じ空を眺めていた。
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