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最終話【幸せの意味】
翌日、清剛はリュックに荷物を詰め込み帰りの支度をしていた。
「それじゃあな、気が向いたらまた来る」
「お好きにどうぞ」
そして美空と軽く言葉を交わしてからリュックを背負うと美空に背を向け病室を出ようとする。
すると、
「ちょっと待って」
美空が急に清剛を引き止めた。
清剛が「なんだよ……」と面倒くさそうな顔で振り返ると、美空はベッドに横になったまま呟いた。
「帰ったらあの子にありがとうって伝えてくれない?」
「……?」
清剛は首を傾げる。あの子とは『ゆめ』のことだが、意識のなかった筈の美空が何故そんなことを言うのか清剛には解らなかった。
「あ?なんでだよ」
「いいから! そういう気分なの! 頼んだわよ!」
清剛はため口っぽく訊ね、美空は物分りの悪い清剛にイラっとした態度を見せる。
「……わかったわかった」
清剛は呆れつつ言ってから背を向けて病室を出て行った。
清剛が去った後美空は結露で濡れた窓を黙ったまま難しい顔で見つめる。
美空は自分が助かったことについて言葉では言い表せないモヤモヤを感じていた。
医者が奇跡と言うからには間違いないのだろうが、どうもしっくりこなかった。また、清剛のどこか気落ちしている雰囲気が気になってもいた。しかし何故自分がそんな気持ちになるのか美空自身解らなかった。
清剛は病院を出てから自転車で自宅へと向かっていた。
病院に駆け付けた時と違い、自転車の後席にもうゆめは居ない。
それがなんともいえないもの哀しい気持ちにさせる。
(もう終わったことだ、彼女のおかげで美空は助かったんじゃないか)
人肌恋しい気持ち抑え清剛は自転車を走らせる。
だが被災した街の情景も相まって心の締め付けは強まるばかりだった。
自宅に到着すると清剛は階段を上り、二階の自分の部屋の片付けを始める。部屋は大量のマンガ本や文房具が散乱し酷い有様である。
しばらく床の物を拾い集めていると見覚えのある物が出てきた。
「ん?これは……」
それはゆめと初めて出かけたベイエリアで貰ったオルゴールだった。オルゴールはあれほど激しい地震だったにもかかわらず無傷だった。
「…………」
清剛の脳裏にゆめと過ごした日々が次々と浮かぶ。
途端に心が締め付けられ目尻から涙が頬を伝う。泣いてはいけないと心の中で鼓舞するが、そう思えば思うほどゆめが居なくなったという現実が清剛の心にのしかかる。
「わかってる!ああする以外美空が助かる方法はなかったって、わかってるけど…………っ」
いつのまにか作業の手も止まる。
ゆめと出会うまでは正直、独りきりだろうが大して不安を感じることはなかった。むしろそれが自分にとって当たり前のことだと思っていたので気にもしていなかった。でも現在は違う、
わずか数日とはいえ、ゆめと出会ったことで清剛の日常は大きく変わった。
ゆめが居ること、ゆめと過ごす時間が当たり前だった日常。だからこそ自分が弱くなってしまったと錯覚してしまう。
その日は夕食も喉を通らず、かといって寝ようとベッドに横になるが、恐怖にも似た孤独と押し寄せる哀しみでなかなか寝付くことができない。
だがそんな気持ちの中清剛は自分の求めていた幸せがささやかなものであったことに気付く。
美空とわいわい騒ぐこと、武士と他愛もない話しをすること、ゆめと笑いあうこと、
そして今まで他人と幸せを比べていたがそれは比べてもしかたがないものであったと知る。途端にゆめが恋しくなる。
「なにを高望みしてるんだ俺は!彼女のお陰で美空は助かったってのに!」
そんな満足していない自分に対してイライラを募らせる清剛。これではゆめが命を掛けてしてくれたことを否定することになってしまうと。
そんなとき消える間際にゆめが言った言葉が清剛の脳裏に浮かんだ。
(ご主人様は自分で思うほど弱い方ではありません。 自信を持ってください)
その言葉に悲しみにくれる清剛の心は後押しされた。そしてささやかだが目標を掲げる。それは自分の人生と真剣に向き合うこと。理由は肉親である美空の命を救ってくれたゆめの為。そしてこの目標を胸に剛は震災復興のボランティアに参加、バイト先が震災の影響で重機が壊れたり、工事に必要な資材が集まらず休業の中ボランティアの一員としてネットを使って募金活動を全国に呼びかけたり土木バイトの経験を活かして被災した家の片付けなどをして復活活動に尽力した。
――それから季節は進み、函館は全国から集められた募金と清剛たち震災復興ボランティアの活動の甲斐あってクリスマスを迎えることができるまでに復興した。街道の木々のイルミネーションは光り輝き、ベイエリアでは復興チャリイティーライヴが開催されている。そのライヴの様子はテレビでも生中継され、清剛は自宅のテレビでそのライヴ映像を見ながら退院した美空とクリスマスツリーの飾り付けをしていた。
「これはこっちで……これは……そうね……ここがいいかしら」
「おいおい自分ばっかり飾るなよ。俺にもやらせろって」
「だーめ。お兄がやると見栄えが悪くなるから!」
「ちっ」
ツリーの飾り付けは美空、その他を飾るのは清剛の役目である。
「それじゃあ二階からオルゴールもってくる」
清剛は美空にそう言うが、
「あ! サボるな!」
去ろうする清剛に美空は頬を膨らます。
「だからオルゴール持ってくるだけだろうが……」
清剛は嘆息するとすたすたと二階にオルゴールを取りに行く。
「早く戻ってきなさいよ。 まだ準備終わってないんだから!」
一階から美空が急かすように清剛を煽る。
そんな声に耳を貸すことなく清剛は自室に入ってオルゴールを探し始める。
オルゴールは迷うことなく見つけられたったが、ゆめの容姿をしたあのフィギュアがない。
「あれ? ないぞ?」
そのフィギュアだけはどこにも見当たらなかったのだ。
「おかしいなぁ……あれだけは特に大事にしてたのに……」
次第に焦り始める清剛。
ベッドの下や、家具の後ろを見たものの全く見つからない。
あの出来事以来絶対に失くさないようにしようと大切にしていただけに清剛のショックはとても大きかった。
すると、ノックもなしに美空が部屋に入ってきた。
「ちょっと!いつまで待たせんのよ!」
「ちょうどよかった。フィギュアがねぇんだよ。一緒に探してくれ!」
呆れとイライラが混ざった顔の美空に頭を下げる清剛。
「はぁ?なんでアタシがお兄の捜し物の手伝いしなくちゃいけないのよ!!つかオルゴールはあったんでしょうね!」
美空のイライラはまだ収まらない。
「オルゴールはあったって。でもあのフィギュアがねぇんだよ!なぁ頼むから一緒に探してくれよ」
オルゴールを美空に見せフィギュアを一緒に探してほしいと頼み込む清剛。
「なにやってのよ、たく……」
美空は清剛の頼みにため息をつくと渋々了承し二人で紛失したフィギュアの捜索をはじめた。
「もう、折角のクリスマスイヴなのに最悪……」
だが結局二人がかりであちこち探し回ってもフィギュアは全く見つからなかった。
「日頃の行いが悪いせいじゃない?自業自得よ」
「俺はなにもやましいことはしてねぇって」
「どうだか……自覚してないだけじゃかしら?」
「うるせぇ……ちょっと外出てくる」
「はぁ!?飾り付けどうすんのよ!アタシに丸投げするつもり!?」
「任せる。それじゃな」
「あ!ちょ……もう!!」
清剛は美空の静止にも耳を貸さず外に出ていってしまった。
家に残された美空はむぅと不機嫌そうに口元をへの字に曲げてから一人黙々とクリスマスツリーの飾り付けを再開するのだった。
その頃清剛は以前武士と会った元町公園でゆっくりしようと自販機で缶コーヒーを買って坂道を下っていた。
「うわ、さっむ!」
外へ出てきて早々だがあまりの寒さに公園を目前に家から出てきたことを後悔する清剛。
「それにしても今日は夜景が一段ときれいだな」
外の寒さは肌にこたえるがそのせいか空気がとても澄んでいて夜空を何個もの星々がキラキラと輝いている。
その澄んだ夜空の下復興のイルミネーションが色鮮やかに輝く。それはとても幻想的な雰囲気だ。
「よし、着いたな」
買ったコーヒーをカイロ代わりに両手に持ちながらしばらく歩いていると見知った公園が見えてきた。
港に停泊している船のイルミネーションが虹色に輝きテンポよく光点滅を繰り返している。
「さて、休むとするか……」
そう呟いてから何気なく視線を左に動かした時クリスマスイヴを祝う花火が打ち上がった。そして花火が大輪の花を咲かせたとき清剛は自分の目を疑った。そこにはフェンス越しに夜景を眺めている女の子がいた。背は低く、ベージュのコートと茶色と赤のギンガムチェックのマフラーをしている。花火の光に照らされたその髪は薄紫色のロングヘアで潮風に揺れてなびいている。
(ま、まさか!そんな筈!)
その女の子を目にした瞬間清剛の心に電流が走った。
人違いなんかでは断じてない。
「『ゆめ』なのか?」
考えるよりも先に声が出ていた。
清剛の言葉に女の子はピックと反応してからゆっくり振り向く、
「ウソだろ。君は確か」
清剛は驚きを隠せない。
それもその筈、振り向いたその女の子は紛れもなくあの日、美空の為に自らの魂を転送し清剛の目の前から消え去ったゆめ本人だったからである。
清剛は目の前のことを信じられないのか口を半開きにして驚き固まる。開いた口が塞がらない。
するとゆめは清剛に歩み寄り言う。
「お久しぶりですご主人様。元気でしたか?」
清剛は動揺しながらゆめに訊ねる。
「な、なんで……君は、君は確かあの日美空を助けて消えた筈じゃ、なのにどうして。それにもうとっくにフィギュアに戻ってる時間じゃ」
驚くのは無理もない、あの日確かにゆめが眼の前から消え去るのを清剛は見ている。それに現在の時刻は既に午後六時をゆうに超えている。本来なら既にフィギュアに戻っている筈の時刻である。
言われたゆめは少し間を置いて少し困ったような顔で答える。
「……それが私にもよくわからないんですけど、人としての命をまた与えられたみたいなんです。気づいたらこんな格好になってて。あはは」
その言葉に清剛はずっと胸に秘めていたことを口にする。
「俺は君のおかげで自分の幸せに気づくことができた感謝してる。君が居なくなってから凄く辛かったけど、自分なりに行き方を見つけて今日も頑張れてる。だからこそもしまた君にあったら言おう思っていたんだ。……こんな内気な俺に尽くしてくれてありがとう。そして……俺はそんな君が好きだ!嘘じゃない!」(うわっ、何言ってんだ俺、勢いでとんでもないことくっちゃべっちまった!!)
「へ!?」
その告白にゆめは頬を赤くして驚き、告白した本人の清剛も気恥ずかしそうに顔を赤く染める。
勢いに任せて告白したもののかなり恥ずかしい。
「いや、だから、その……」
しかしゆめはニッコリと微笑むと言った。
「いいですよ勿論です。私が居なくなってからも頑張っていたのを天から見てましたから。お断りする理由なんてありません。ふつつか者ですがよろしくおねがいします。ご主人様」
「ほんとにいいの俺で」
「はい」
こうして自らに自信が持てず、内気だった青年は希望と守るものを手にした。
まだまだ彼の人生は続く、きっとこれからも悩み葛藤することはあるだろう。しかし、もう彼の心は孤独ではない。
おわり
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