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【暗雲】
「どう? そこのおバカと過ごしてみて退屈じゃなかった?」
「いいえ、楽しかったですよ。一昨日は神社にも行きましたし」
「そういうことだ。読みが外れて残念だったな」
「うるさいっ」
初詣の翌日、清剛はゆめと昨日電話で誘った美空の三人でベイエリア内にあるカフェに来ていた。
「ところでお前はこの休み中何して過ごすんだ? まさかずっと家に居るわけじゃないだろ?」
清剛が投げやりに訊ねると美空はジト目を向けて言い返す。
「ちょっと、誰かさんと一緒にしないでよ。明後日友達と温泉行くんだから」
「いいですねぇ」
同性だからか温泉という言葉にゆめは共感するが清剛はふざけ半分に憎まれ口を叩く。
「温泉か、いいんじゃないか? ついでにサウナでその無駄にデカい脂肪の塊も縮めてきたらどうだ?」
「……っ!」
その言葉にカッとなった美空は履いている靴で清剛のつま先を踏みつけた。
「うぐぐ……」
歯をくいしばり耐える清剛。
だが手加減されているとはいえヒール部分で踏まれているのでかなり痛い。
「わかった、わかったから足を踏むのをやめろ!」
そしてあえなくギブアップする清剛。
その額には冷や汗をかいている。
そんな清剛に美空は「みっともない」と言わんばかりにフッと薄ら笑いを浮かべ、ゆめはそんな二人の様子にしばらく呆然としていたが、ふと、
「あの……ちょっとすみません。お手洗いに行ってきます」
そう言って席から立ち上がる。
「場所わかる?」
美空が心配そうに訊ねるがゆめは「大丈夫です」と言って一人お手洗いに行った。
テーブルには兄妹二人だけが残る。
「…………」
ゆめが退席した途端忽ち無言になる清剛。
どこか気まずい空気が二人の間に流れる。
すると無言のままの清剛に美空は話を切り出す。
「……ねえ、兄いさぁ……ちょっとあの子に頼り過ぎじゃない?」
「何言ってんだお前」
突然のことに清剛は美空が何故そんなことを言ってきたのか全く判らなかった。
「だからさ、アタシから見たらいはあの子に自分で考えなくちゃいけないことまで丸投げしてるように見えるってことよ」
「ぐ……っ」
その言葉に清剛は凍りつく。
美空が言っているのは、ゆめの目的である「清剛を幸せにすること」について清剛自身が真面目に考えているのかということである。
「……そ、そんなこと……俺だって……」
確かに言われていることの意味は判ってはいるが面と向かって言われると痛い。
そんな清剛に美空は容赦なく正論を浴びせる。
「俺だってじゃないでしょ。全部丸投げなんてそれは無責任すぎだよ」
「……お前ちょっと今日おかしいぞ、もう帰れ」
沸々と湧き上がる怒りを押し殺し、なんとかことを収めようとする清剛であったが美空の機嫌はますます悪くなる。
「おかしいのは兄いの方じゃない! そうやって逃げてばかりだから、全部中途半端なんじゃなのよ!!」
それを言われた瞬間清剛の怒りが臨界に達した。
「いい加減にしろよ! 俺だっていろいろ考えてんだ! いちいちわかったような口をきくんじゃねえよ!!」
「……っ!」
めったに怒りを露わにしない清剛の怒号に美空は唖然となって、身震いするほど震えだす。
「なんだよ、びびっててんのかよ!」
「あ、アタシはただ、兄いのことをおもって…………」
「余計なお世話なんだよ! だいたいその涙も嘘なんだろ?」
「いや……だから……」
もう美空は半泣き状態である。だが清剛の怒りは収まらない。
「散々人のことを小馬鹿にしてきたくせに……後そのいって言うのもうやめろ。どうせお前は本物の妹じゃねぇんだから。もうどうにでもなればいい!」
「あ……っ」
その言葉は美空にとって一番言われたくないものだった。
「ひ、酷いよ…………」
「あ? 聞こえねえよ」
「もう知らないんだから!!」
美空は感情をあらわにし、泣きながらカフェを出て行ってしまった。
するとゆめが入れ替わるかたちで慌てた様子で戻ってきた。
「先程美空さんが泣きながら走り抜けて行きましたけど何かあったんですか?」
「さ、さぁな……とにかく帰るぞ」
ゆめに訊ねられた清剛であったが心配をかけたくないこともあって本当のことを話すことはできなかった。
帰宅してから清剛は我に返り落ち込んでいた。その様子から自分が居ない間にトラブルがあったのだとゆめは知った。
「美空さんと何かあったんだすね」
「ああ、ついカッとなって言い過ぎた……」
それから清剛は喧嘩の内容を全てゆめに話した。
「――なるほど……」
「バカみたいだよな。あんなことでカッとなって、だから俺はダメなんだろうな」
ガックリとうなだれる清剛。そんな清剛にゆめは優しく励ます。
「間違えてしまうことは誰にでもあります。ご主人様にも美空さんにも、そして私にも……起きてしまったことは仕方がないことです。大切なことはお互いに間違いを認め、わかりあうことだと思います」
「……わかりあうことかぁ……できるのか……」
まだどこか自信のない清剛にゆめは言う。
「できますよ。ご主人様なら、きっと」
「………………ありがとよ」
正直まだ自信は持てていなかった、ただ、その言葉を言ってもらうだけで嬉しく思う清剛であった。
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