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【妹様】
――十二時三十分、清剛はゆめを連れて昨日に続いて二度目となるベイエリアに来ていた。
「ここがベイエリアですか……初めてきました」
到着してからベイエリアの中世的な景色にゆめは目を輝かせながらキョロキョロと辺りを見渡す。
「しかし便利な力だな……雑誌の画像を見ただけでその服装にチェンジできるんだから」
「まぁ、これぐらいは序の口ですよ」
清剛の言ったことにゆめは笑顔で答える。
清剛は厚手のジャンパーとジーンズ、ゆめはサンタの格好改め、ベージュのセーターに緑色のマフラーとグレーのニット帽姿である。
ベイエリア内は昨日と比べれば人は少ないものの、それでも盛んに賑わっている。
「あれが赤レンガ倉庫だ。あまり詳しくは知らないけど、おみやげとか売ってるらしい」
清剛はそう言って建物を指さす。赤レンガ倉庫はベイエリアのシンボル的建物でたくさんの観光客が集まる人気スポットである。
すると『おみやげ』というワードに引かれたのか、ゆめは清剛の方に振り向き言った。
「あの、何か買ってきたいのですが……」
「君財布なんて持ってないだろ?」
「ですけど……うう……」
清剛の言う通りゆめは幽霊なので自前の財布などは持っていない。だが、もの欲しそうに目をうるうるされてはダメとは言えない。
「……仕方ないなぁ……あまり高い物は買うなよ……? それとなるべく早くな?」
そう言って清剛はゆめに千円札を手渡す。
「ありがとうございます。できるだけ早く戻ってきますので」
ゆめは清剛に軽く頭を下げてから駆け足で赤レンガ倉庫の方へ向かっていった。
「まったく……世話が焼けるなぁ」
ひとり残った清剛は港の景色を見なながらゆめが戻ってくるのを待つことにしたが、ここからが長かった……。
――ゆめが倉庫に買い物に行ってから一時間近くが経とうとしていた。だが本人が戻ってくる気配はない。倉庫内はお店はたくさんあるものの普通なら迷うことはない、そう、普通なら……。
「遅いなぁ……なにやってんだろ」
あまりの遅さに少しイライラしだす清剛。すると、
「すみません!ようやく戻ってこれました…………ㇵァハァ」
ゆめは目の下を赤くして息をきらしながら足早に戻ってきた。
その様子から見て倉庫で迷っていたのは明らかだった。
「すみません……私、方向音痴だったのを忘れていました……以後気をつけます」
「…………」
額に手を当て、やれやれといった顔をする清剛。
(やっぱりか……だと思ったぜ)
時間のかかり具合からしてだいたい予想はついていた。
そんな清剛にゆめはお詫びの気持ちなのか清剛に小さな紙袋を渡す。
「これをご主人様に差し上げようと思いまして……」
「ん?」
清剛が不思議そうな顔で渡された紙袋を覗くとその中に入っていたのはスカートをまとった天使が装飾された小さなオルゴールだった。
(ずいぶんと可愛いオルゴールだな……ちょっと男の俺には恥ずかしい気もするが、まあいいか……)
「あの……お気に召しませんでしたか?」
「あ、いや、ありがたくもらっといてやるよ」
人から何かを貰うなど子供の頃以来、まして母親以外の女性からなにか貰うなど一度もなかっただけに少し照れ隠ししつつも清剛は少し新鮮味を感じるのだった。
――その後二人は昼食にご当地バーガーを食べ、一緒に色々な店を見て回った。
「少し休憩するか? なんだか歩き過ぎて俺は足が痛い」
「そうですね。私もです」
二時間程休憩無しでベイエリア内を散策していたので二人とも歩き疲れている。
「とりあえずそこら辺の店でゆっくりするか?」
「はい、そうします」
こうして清剛はゆめと二人で近くのカフェに立ち寄ることにした――。
「大体どういう場所かはわかっただろ?」
清剛は注文したブラックコーヒーを飲みながら訊ねると、
「はい。大体は……」
ゆめはそう言って微笑む。
(――本当に満足そうな顔だなぁ……それにしても、これってもうデートじゃねえか!まじ恥ずかしい!)
清剛がそう思っているとゆめはふと素朴な疑問を訊ねる。
「そういえばご主人様は、兄弟とかはいないんですか?」
「え、まぁ……いるにはいるが……うるさい妹が一人……」
清剛がそうぶつくさと言ったときだった……。
「……失礼ね、ひとのことなんだとおもってんのよ」
突然真横から声がした。
清剛は思わずむせかえってしまう。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……」
心配するゆめにそう言ってから恐る恐る清剛は声の方に目をやる。そこには黒いレザージャケットを着た女性が不機嫌そうに腕組みをして立っていた。
「げっ……! やっぱりお前か……」
清剛はその女性と面識があった。思わず顔がこわばる。
「なにその反応……そんなみっともない顔しないでくれる?」
「お前なぁ……もう少し言い方てのがあるだろうに……」
女性は小馬鹿にするようにジト目を向け、清剛は嘆息する。
このどこか子生意気な女性は、清剛の妹の夢灯美空
二十二歳の大学生。
深紅の髪ゴムで結んだツインテールがトレードマークで大学では演劇サークルに所属している。
長身でスタイルもよく大学でもそのルックスのよさから人気者であるが、兄である清剛に対しては毒舌で気が強い。
「ちょっと立ってるのも疲れたわ。 となり座るわよ。いいわよね」
「おい、 勝手に座るなって……」
美空は清剛の言葉にまったく耳を貸さず腰を下ろそうとして見慣れない少女に気が付く。
そして犯罪者を見るような冷ややかな目で清剛を睨む。
「……そんな目で人を見るなよ……」
困ったように清剛は冷や汗をかく。
するとゆめは「とりあえず座ってください」と言い美空は腰掛けると清剛に訊ねる。
「兄いがだれと付き合おうが別にいいんだけど。そこに居る女の子は誰なの。まさか彼女じゃないでしょうね? どう考えてもありえないだろうけど」
「ありえないは余計だろうが……」
「じゃあなんだっての?」
「いや、俺にもよくわかなくてだな……」
「……あきれた」
あやふやな答え方をする清剛に美空はイライラを募らせていく。
「じゃあ何なのよ! まさか、たまたま拾ったネコが化けて一緒に暮らすことになったみたなオチじゃないわよね」
「……まあそのだな、昨晩家の前で拾った箱にフィギュアが入ってて、そんで今日目が覚めたらそれが人になってたんだ」
「はぁ!? なにそれ、ちょっと兄い病院いってきた方がいいんじゃない?冗談抜きで」
事実とはいえ当然信じてもらえるはずがない。
すると困っている様子の清剛にゆめは自分から何者であるか話し始める。
「ご主人様の言っていることは本当です。私はフィギュアに宿った幽霊でして、ご主人様に幸せになってもらうことが目的なんです。容易には信じてもらえないでしょうけど」
それを知らされた美空は悩むように一度額に手ををあててから、まだ理解できないないながらも答える
「……そう、まだ信じられないところもあるけど、とりあえずそこに居るバカのために来てくれたってことはわかったわ。アタシは美空よろしくね」
「はい。こちらこそよろしくおねがいします」
美空はそう言って右手で握手を求め、ゆめは笑顔で握り返す。
それから美空も清剛と同じブラックコーヒーを頼み、三人でのティータイムが始まった。
それぞれのカップからはコーヒーの煎った豆の香りとミルクティーのほんのり甘い香りを含んだ湯気が立ちのぼっている。
「それにしても何でこのバカを選んだの? 他にも大勢人はいたでしょ?」
美空がテーブルに肘をつきながら不思議そうに訊ねるとゆめは少し言いづらそうに答える。
「そ、それは……一番不幸そうに見えたものですから……」
「アハハハハハ! それは言えてるわ!」
申し訳なさそうに答えるゆめに美空は腹を抱えて爆笑する。
「お前なぁ……」
清剛がため息をつきながら言うと美空は意地悪そうな顔をして答える。
「だって本当のことでしょ?ククク」
「くぅ……そんな性格だからモテねぇんだぞ! この巨乳女!!」
馬鹿にされ、やけになった清剛は美空に軽くいじりを言う。だが言われた方の美空もっ黙っていない。
「はぁ!? 頭にきた、ここで言わなくてもいいじゃない!」
「言われたくなかったら少しは兄を敬えよこの巨乳星人」
「巨乳、巨乳うるさいわよ! このぼんくらハゲ!!」
「何を! このGカップ!」
唐突に始まった兄妹喧嘩に驚きつつもゆめはあわてて止めに入る。
「あの~そろそろお止めになった方が……」
「「え?」」
その声に兄妹二人は声をハモらせ周りを見るなり周囲の視線が全部自分たちに向いていることに気が付く。
そしてお互い無言でにらみ合い、牽制し合う。
(もう最悪……少しは考えて話しなさいよ!)
(お前が言えることかよ……)
そんな二人の光景にただただ唖然とするゆめであった。
その後、美空は「バイトがあるから」と先に店を出て行き、席は再び清剛とゆめの二人だけになった。
「まったく……あいつのせいで大恥をかかされた……」
清剛は一度嘆息すると気持ちを落ち着かせるようにゆっくりとコーヒーを一口含む。
「本当に災難でしたね……フフッ」
「笑いごとじゃないて……店中の笑われ者だ」
苦笑いを浮かべながら励ますゆめに清剛はテーブルに肘(ひじ)をついて顔を赤らめる。
「まあそうですけど、でも見てて気づいたんですが……美空さんはご主人様のこと好きなんだなって思いまして」
「何でそう思うだ?」
ゆめの言葉に清剛は肘をついたままやる気なさそうに訊ねる。
するとゆめもテーブルに肘をつき頬に手を当てて自分なりの考えを清剛へ話す。
「だってそうじゃなかったら、あそこまで人目を気にせず言い合えないと思うのですが……」
確かにゆめの考えも一理ある。だが、清剛の中で美空が苦手な存在であることは変わらない。
「そうかもしれないけど、だったらもう少し暖かい心で接してもらいたい……」
清剛がため息をつきながら言うとゆめは「まぁそうですけどね」と笑って答えた。
ふと清剛は腕時計を見る。
時刻は午後四時半を回っていた。
早いものでベイエリアに来てからかれこれ四時間が経っていた。
「そろそろ帰るか……」
「そうですね」
そう言って清剛は残ったコーヒーをグッと飲みほし、ゆめと店を後にした――。
「ん?」
店を出てから清剛がふと空を見上げると先程までの快晴が嘘のように辺はホワイトグレーの雲で覆われていた。
「おや? なんだか雲行きが……これは雪が降りそうですね」
ゆめも清剛より少し遅れてその変化に気が付く。
十二月の北海道の降雪は暴力的なほど激しい。
積もる量もさることながら吹雪になることも珍しくない。
「少し急ぐぞ」
「あ、はい!」
清剛はゆめにそう言うと少し足早に市電の駅に向かう。
しかし駅に到着するも事故の為か場は路面電車を待つ人で溢れていた。
仕方なく思いながら、二人は大人しく列の後ろに並ぶ。
だが三十分程経っても路面電車は一向に来ない。
「なかなか着ませんね……」
「……そうだな」
電車が来ないことに清剛もゆめも不安を募らせていく。更に曇っていた空からシトシトと雪が降り始め、次第に吹雪に変わっていく。予報では降水確率も低かったこともあり傘は持ってきていない。
清剛としてはとにかく早く帰りたいとだけ思っていた。だが彼はこの時、差し迫りつつある危機に気づいてはいなかった。
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