内気な自分に彼女が教えてくれたこと。

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 【理不尽な救世主】  「まいったなぁ……」 何分経っても電車は来ず吹雪も強くなる一方で清剛は途方に暮れていた。  「ついてねぇなちくしょぅ……」 「行ってみたい」と頼まれて仕方なく来た場所とはいえ帰りがこれでは最悪としかいいようがない。 「どうする? 店に戻るか? ここに居てもーー」 清剛がやるきなさそうにゆめに訊ねようと振り返ったときだった。ゆめはなにかを堪えるかのようにとても苦しそうな顔をしていた。明らかに先ほどとは様子がおかしい。 「お、おい、どうした!?」 清剛が心配して声をかけるもゆめは(うつむ)いたまま辛そうに息をしている。  そのただならぬ様子に清剛はふと腕時計に目をやる。  時刻は後五分で午後六時になろうとしていた。  そこで清剛は出かける前にゆめが言っていたことを思い出す。  {午後六時を過ぎると、私は霊力が抜けてフィギュアに戻ってしまうのです……}  (そういえばそうだったな……すっかり忘れてた……どうする……)  頭を抱えて悩む清剛、初めて直面する状況なだけに頭の中は真っ白でパニック状態である。 吹きつける雪はゴオゴオと音を立て容赦(ようしゃ)なく二人をう。そして車道と歩道の区別がつかなくなるくらい視界を奪う。  「くそ、ほとんど何も見えないぞ、これじゃ店に戻ることも……」  かろうじて見えるのは前の人の背中くらいで後は何も見えない。  明らかに最悪としかいえない状況にもうどうすることもできず立ち尽くす清剛。 「はぁ…………やっぱり俺には……」 ため息を吐いて諦めかけた。そのときだった。  「ーーまったく、呆れた男ね……」  突然真後ろから見透かしたような言葉が飛んでききた。  「なっ、お前どうして!」  清剛が振り向くとそこには先程バイトに行くと言って別れた筈の美空の姿があった。  「バイトはどうしたんだよ」  清剛がそう言うと美空は淡々と答える。  「店長から向かってる時に連絡があって、来るのは危ないから帰宅するように言われたのよ……」  そしてつけ加えるように言う。  「それで様子を見に来てみればこのざま……とにかく早く彼女と車に乗ってくれない? このままだとアタシが帰れなくなんのよ」  「……悪い助かる」  言われるがまま清剛はぐったりしているゆめと一緒に路肩に止まっている美空の車に乗り込む。  美空は運転席に座るとシートベルトを締める。  そして「しっかりつかまっててよね……ケガされたらめんどくさいから……」とひとこと言ってから車を急発進させた。  人を載せているとは思えない程の荒い運転。  衝撃で清剛の身体(からだ)は横にもっていかれ、酔いそうになる。  「うぶっ! 少しは加減しろって……っ」  「うるさい! 黙ってて!」  ほざく清剛だが美空は聞く耳持たず突っぱねる。  そのハンドルを握る顔つきは真剣そのものである。  視界がほぼ皆無(かいむ)の中車はワイパーを忙しく動かし吹雪の中を進んでいく。  そして渋滞に巻かれながらもベイエリアを出てからおよそ二十分――  カーナビが目的地到着まで数メートルであることを伝える。  「よし後少しだ」  これでどうにかなると安堵(あんど)する清剛。  だが、  「な! 前が!」  「くっ!」  車は美空の自宅のマンションに入ろうとした先で激しいホワイトアウトに襲われた。  清剛は叫び、美空は慌てて急ブレーキをかける、しかし車はスリップしそのまま電柱に衝突してしまった。 「……ううっ」  「大丈夫か!?」 美空は(ひたい)を切ったようで少し出血していた。  (くそ、まいったな……)  清剛が困り果てていると美空は呆れたような顔で訊ねる。  「なにやってんの? やることならあるでしょ? 早く行きなさい!」  「やるって何をだよ……」  だが清剛はやる気なさそうな顔をする。  そんな清剛に美空は一度舌打ちしてから一喝して自分の部屋の鍵を渡す。  「ああもう!…その子を連れて部屋に行けってことよ! ここまで言ってもまだ判らないの!?」  「わかった、わかった、そう怒るなって……たくっ」  美空の強い口調に清剛はしぶしぶ車外に出ると、気を失ったゆめをおぶって吹雪の中に消えっていった。 その様子を美空は車の中から見つめながらそっと呟く。 「まったく、どうしようもないお兄いなんだから……フフ」 その顔はどこかホッコリしていた。 その頃清剛はどうにかこうにかマンションにたどり着き美空の部屋の前にきていた。  身体は全身雪まみれである。  「どうにか着いたな……ハァ」  渡された鍵をドアに差し込み中に入ろうとする清剛だったが、  「ん?」  気の所為(せい)ではない、背中に全く人の重さを感じられないのだ。  慌てて辺りを見渡す清剛。  すると後ろになにかが落ちていることに気付く。  近づいて拾い上げるとそれは紛れもなくゆめの形をしたフィギュアだった。  「間に合わなかったか……しかし疲れた……」  そう一度独り言を呟くとパンパンと雪をはらいため息をついて部屋に入るのだった。 ――部屋に入るなり清剛はボイラーのスイッチを入れてから脱衣所で濡れた衣服を脱いでお風呂に入る。  「……なんだか面倒くさいことになったな……」  清剛はシャワーを浴びながらふと呟く。  素直ではないものの、ゆめのことは少し気がかりである。  「とりあえず明日になればわかるか」  そう言って清剛はシャワーの蛇口を閉めて風呂場から出るが着替えが無いことに気付き絶望する。 「しまった、着替えがない……仕方ない、ヒーターにでもあてて乾かすか……」  そして渋々一度は洗濯機に放り込んだ衣服を着る清剛だった。 「へくしっ!」    「ーーそれにしてもあいつ遅いな、まだかかってんのか」  リビングのソファーに腰掛けながら何気なくバラエティー番組を清剛が見ていると玄関のドアが開き美空が雪まみれのまま部屋に入ってきた。  その顔はやつれており話し掛けづらい雰囲気を漂わせている。  「おう、お疲れだったな……」  清剛が話し掛けるも美空は黙ったままソファーに腰を下ろす。  「怒ってんのか?」  清剛がそう言うと美空はため息まじりに言う。  「そんな気力があるように見える?」  そして足を組むと清剛に向かって訊ねる。  「ところであの子は? 姿が見えないんだけど?」  「あ、いや……それが……人でなくなったっていうかなんというか……」  「何言ってんの? はっきりしなさいよ」 歯切れの悪い言い方の清剛に美空は眉間(みけん)にしわを寄せる。  機嫌を損ねたくない清剛は恐る恐る美空にフィギュアに戻ったゆめを見せる。 見せられた美空は目を細めてダメ出しをする。  「……なにやってんのよ……みっともない」  「仕方ないだろうが。着いたときにこうなってたんだぞ?」  「はいはい……屁理屈はわかったわ」  それだけ言うと美空は立ち上がると上着を脱ぐ、  「ん? 風呂か?」  清剛が訊ねると美空は慣れたように言い返す。  「他になにがあるの? ちなみぞに(のぞ)いたら殺すからね!」  「誰が覗くかボケ!」  そして美空は清剛のツッコミに反応することなくリビングを出て行った。  再びリビングは清剛一人きりになる。  「暇だな……」  清剛はソファーに横になると右手にスマホを持ったままぶつぶつと呟く。  バラエティー番組も正直言って飽きている。  「ユーチューブでも見るとするか……」  特にやることも思い浮かばず清剛がユーチューブを見ようとしたときだった……。  「い、いやあああ!!」  風呂場から美空の悲鳴が聞こえた。  「なんだ一体……」  面倒くさいと思いつつも立ち上がり脱衣所に向かう清剛。  「おいどうした?」  脱衣所に着き訊ねるものの美空は返事を返さない。  (仕方ない殺されるとするか……)  「開けるぞ!」  黙っていてもらちがあかないと思った清剛は覚悟を決めて風呂場の扉を勢いよく開けた。  「えっ! ちょ! ま――」  清剛が扉を開け放つとそこには両胸を必死に死守する美空の姿があった、その顔は赤面し羞恥(しゅうち)と怒りがない交ぜになっている。  「あ?」  清剛は浴槽のタイルに目をやり悲鳴の理由に気がついた。  (なるほど原因はこいつか……)  そこには一匹の小さな蜘蛛(くも)がいた。  「なんだよ蜘蛛一匹ごときで(さわ)ぐんじゃねよ」  そう呆れたように言って清剛が顔を上げたときだった、  「うるさいこのど変態が!!」 怒号とともにものすごい勢いでシャンプーボトルが飛んできて清剛の顔面に直撃した。  「うわ痛え! 見られたくなかったなら変な声だすなての! つか仕方ねえだろうが!」  見た側に罪があるとはいえ、この後清剛は美空から一方的にリンチを受ける羽目になった。正直、ビンタの応酬を受けるのは嫌だったが、助けてもらったこともあって逆らうことはできなかった。  「――このクソ野郎! 歯を食いしばれ!」  「じ、事故だろうがぁ!」 「何が事故よ! 助けてもらった分際で!」 「痛てぇ! 痛いてぇって!」              
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