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【幼き日の記憶】
「昨日はご迷惑をおかけしました……」
「別に気にしなくていいわ」
いろいろと大荒れだった昨日から一夜が明けた。
「このポトフ美味しいですね。私はお料理できないので羨ましいです」
「そんな大層なものじゃないけどそう言ってもらうと作った甲斐があるわ」
リビングのテーブルにはトーストと人参やウインナーなどが入ったポトフが三人分並んでいる。
「……味は確かだが、何で俺のだけこんなに汁量少ないんだよ。 しかも野菜ばっかじゃねえか」
「理由は言われなくてもわかるでしょ? 変態さん?」
「ちょっ、お前、誤解されるような言い方はよせって……」
出された料理の少なさに不満を漏らす清剛だが美空の一言に慌てふためく。
「え? ご主人様は変態なんですか!?」
「真に受けるなよ……」
「ククク……」
「こいつめ」
たじたじの清剛に美空はいたずらな笑みを浮かべ、清剛は悔しそうな顔をする。
すると美空は確認するように訊ねる。
「ところで忘れてないでしょうね? ちゃんと買ってきてよ? あれ」
「判ってるよ……」
半ばやる気なさそうに清剛は答える。
美空の言うあれとは好物である棒アイスのことである。昨日リンチされた後に罰として買ってくるよう言われていた。
「どこに行かれるんですか?」
食事を済ませて立ち上がった清剛にゆめが声をかける。
「ああ、ちょっとお使いにな」
清剛がそう言うとゆめは「私も一緒に行ってもいいですか?」と訊ねる。
「いや別に一人で行けるが……」
そう言って断る清剛だったが、
「ちょうどいいんじゃない? 監視役は必要でしょ?」
美空はどこか疑うような顔で言う。
「たく、少しは信用しろよ……」
ぶつくさ文句を言いながらハンガーからコートを取り外し外出の準備をする清剛であった。
「――しかし自分から叫んでおいて酷いと思わないか?」
「あははそれは災難でしたね」
マンションを出てコンビニにアイスを買いに行く二人。
辺りは昨日の雪が解けきらずにまだ残っている。
「別に無理して来なくても良かったんだぞ?」
「まあそうですけど、丁度外の空気を吸いたい気分でもあったので……」
清剛が訊ねるとゆめは一度クスっと笑ってから答える。
「ふ~ん……まあいいけど」
それに清剛はどっちでもいいとと言うかのような反応をする。
その反応にゆめは申し訳なさそうな顔で訊ねる。
「あの……もしかして昨日のこと怒ってますか? それはいきなりあんな目にあったらパニックになりますよね。 すみませんでした……」
どうやらゆめは清剛がベイエリアでの件で怒っていると思っているようだ。
「……まあ確かに腹は立ってるけど君のことじゃないぞ」
清剛がそう言うとゆめは安心したように胸を撫で下ろしてから気になることを訊ねる。
「あの~突然ですけど。 ご飯の前に美空さんが言っていたんですが、ご主人様と美空さんって異母兄妹なんですか?」
「ん? ああ、そうだが?」
清剛がそう言うと、少し興味深そうにゆめは訊ねる。
「少し気になってまして……できれば話を聞かせてくれませんか?」
「んん~まあいいが……」
仕方ないと思いながらも話のネタも尽きかけていたこともあり、とりあえず気晴らしになるならと清剛は当時のことを話すことにした。
「……あれはだな……」
これは清剛の中学生時代の話し。
当時、父親の仕事の都合で清剛は転校を繰り返していた。
初めこそ転校に抵抗はあったものの何度か繰り返すうちにそれも次第に慣れていったが、家庭の事情とはいえ、子供にとって友達
をつくれないことは辛いものであり、また一人っ子だった清剛はそんな境遇もあってとても内向的な性格の少年だった。
そんな生活が続き清剛が函館の中学校に入学してしばらく経った頃、
夢灯家に一人の女の子が養子に来た。
背は低く、髪は黒のストレートロングで紅い瞳の二重が特徴的な少女であった。
手を引く清剛の母親が「あれが貴方のお兄ちゃんよ。 仲良くしてあげてね」と言うも女の子は人見知りなのか、清剛を見るなりプイッとそっぽを向き、清剛もばつが悪そうな顔をする。
「…………」
「…………」
気まずい対面ではあったが清剛にとってこれが美空との最初の出会いだった。
ちなみに『美空』という名は清剛の母親が付けたものである。
――新しい家族は増えたものの、清剛も美空もお互い兄妹としてなかなか馴染めずにいた。
そんなある日のこと。
「…………ああ面倒くさいなぁ」
その日清剛は夏休みの宿題に頭を悩ませていた。
明日から学校が始まるので今日中に終わらせなくてはいけないのだが、なかなかやる気が起きない。
三十分程前までは美空も家に居たのだが勝手に外に遊びにいってしまい今家には清剛一人である。
「それにしてもアイツ、俺のこと嫌いなのかな……なんであんなに避けるのか解らない……」
椅子に寄りかかってブツブツと呟く清剛。
最初に会ってからしばらく経つが美空の清剛に対する人見知りは強いままで、清剛としてはその意図がまったくわからないでいた。
「……まったくもう」
宿題の手を止め、清剛は一度ため息をついてから立ち上がって窓から外を眺める。
夏なので夕方でも日は長い。
そう何気なく外を眺めている時だった、
「――だからそんなこと言わないでよぉ!」
「やーいこの泣き虫!」
ふと外から男子と女子の口論が聞こえてきた。
「なんだ? うるさいな」と思いながら清剛が声の方に目をやると先程遊びに出て行った美空がひとりの男の子にからかわれていた。
「だからやめてっていってるじゃん! ぅぅぅぅ……」
美空も必死に言い返してはいるが声は涙ぐんでいる。
(……まったく世話が焼けるやつだな……)
内心面倒と思いながらも黙って見ているわけにもいかず清剛はとりあえず何か言ってやろうと部屋を出た。
「――おいお前! 俺の妹になにしてくれてんだよ!」
美空のもとに駆け寄るなり言い負かした男の子に清剛は詰め寄る。
美空は目の下を赤くしてすすり泣いていた。
人見知りで心をひらいてくれないとはいえ兄である以上妹が泣かされては黙っていない。
「謝れよ! 謝れって!」
清剛は感情を爆発させ相手の胸ぐらを掴み張り倒そうとする。
だが、小柄な清剛に対して相手は太った大柄な体格で力の差は歴然だった。
「く、このやろう……ブッ殺してやる!」
美空としか喧嘩をしたことがない清剛はあっさり倒されてしまう。
「くっそ…………」
傷ついた清剛を美空は黙って見つめる。
それを見た相手はやってられなくなったのか、ばつが悪そうに無言で去っていった。
道端にはボロボロになった清剛と美空だけが残る。
しばしの沈黙の後清剛は美空を気遣う。
「……大丈夫か?」
すると、
「うん、ごめんなさい……」
美空はどこか申し訳なさそうに謝る。どうやら自分の所為で清剛が傷ついたと思っているようだ。
(これじゃあ俺が悪いみたいだな……絶対母ちゃんに怒られるよ)
機嫌を直してもらわないと親に怒られる、そう思った清剛は、身体の土をほろうと美空に訊ねた。
「アイス買ってやるからそれで機嫌直せよ」
断られたらそれまでと思っていた清剛だったが美空は「うん」と小さく頷く。
その反応に少しだけホッとする清剛だった。
――その後コンビニでアイスを買ってから清剛は美空にアイスを手渡す。
「ほらお前も食えよ、美味いから」
「うん……」
美空は清剛に手渡されたアイスをゆっくり口に含む。
「ど、どうだ?」
少し不安になる清剛。正直自信はなかった、というのも美空の為に選んだ筈がいつのまにか自分の好物を選んでしまっていたからである。
だが食べた美空の反応は意外なものであった。
「美味しいっ! シュワシュワだ!」
「へっ?」
清剛が振り返ると先程まで元気のなかった美空が笑顔を浮かべていた。
その様子に「どうにかなったかな」と清剛が安堵すると美空はどこか恥ずかしそうに答えた。
「えっと、お兄ちゃん、ありがとう……」
さりげない美空からの感謝の言葉、
たまたま仲裁に入っただけ、しかも清剛自身、美空から避けられていると思っていただけに内心驚きを隠せない。
すると美空がそんな清剛に気付き訊ねる。
「どうしたの? お兄ちゃん顔赤いよ?」
「あ、いや、別に……それじゃ帰るぞ」
訊ねられた清剛はそう言って夕焼けの中幼い美空の手を引いて家路をいく、そこでようやく兄妹らしくなれたと実感できたのだった。
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