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【三人での映画鑑賞】
「――と、まあ、こんな感じだ……」
清剛が話終えると、ゆめはクスッと微笑んでから答える。
「なるほど、そんなことが、なんとなくですけど美空さんがアイスが好きな理由がわかった気がします」
「そうか……て、まずい忘れてた」
「え? 何がですか?……あ、まさか」
会話の途中で清剛とゆめの二人はマンションを出てから大分時間が経っていることに気がつく。
「とにかく急ぐぞ!」
「はい! ああ〜待ってください~~!」
――その後大慌てでコンビニで買い物を済ませてから二人はダッシュでマンションを目指す。
時間が過ぎていくにつれ清剛の顔は焦りで青ざめていく。
清剛の頭の中では激怒した美空の顔が浮かんでいる。
それを思うだけで清剛は身震いするほどの恐怖を感じるのだった。
「――はあ、はあ、やっと着いた……」
息も絶え絶えに帰ってくるなり美空の人を見下したような罵声が飛んできた。
「ちょっと! アイス一本買ってくんのにどんだけかかってんのよ! おつかいもまともにできないの!?」
「へいへい、悪いございやした……」
「何よその態度! むかつくわね!」
ある程度予想はできていたことであったが、こんな険悪な美空を前にしてはたとえ事実でも幼少期のことを考えていたなどとは口が裂けても言えない清剛であった。
――その後美空の提案で清剛とゆめはとある映画のDⅤDを観ることになった。
内容は、来るべき未来にて人類の救世主となる主人公の少年と、それを護る為に未来から送られたサイボーグと、同じく未来から主人公を抹殺する為に送られた新型サイボーグとの死闘を記したものである。
とてもクオリティが高く、映画史に残る名作とも言われている。
始まって数分で裸の男が転送されてくるシーンがあるのだが、美空と清剛はなんてことない顔で観ているものの、ゆめは手で顔を覆い赤面してしまう。
また、敵サイボーグが主人公達が奪ったパトカーを追うシーンではゆめは目を丸くして驚く。
「うわっ! スライムの人が追いかけてくるです!」
敵サイボーグは銃弾を浴びながらも怯むことなく無言で主人公達を追い続ける。
すると美空は少し微笑みつつ、清剛からかっさらったアイスを頬張りながら答える。
「面白いこと言うわね。アタシもこの映画のファンで友達と観たりするけどスライムって発想したのは貴方が初めてよ。」
その様子を清剛は隣で見ながら「こいつもたまには笑うもんなんだな」と思うのだった。
――それから主人公達は使われなくなったガソリンスタンドで一夜を明かし翌日車を変え武器を補充すべく街を後にするのだがその中で主人公がサイボーグに会話を教えるシーンがある。
主人公の母親が速度制限を守るよう注意するとサイボーグはそれに無愛想な口調で「理解した」と答える。
だが助手席に座る主人公は「――それじゃダメ」と言ってから「……言うならノープロブレムだ――」と教え、他にも別な意味で色々使える言葉を教えていく、
そしてサイボーグが「がたがた言うなクソ野郎」と言うと主人公はボデイタッチし「やればできるじゃない!!」と称賛する。
その映像をスクリーン越しに観ながら清剛とゆめはそれぞれ呟く。
「……ほんと生意気なクソガキだな、これが人類の救世主とはとても思えん……」
「んん~~救世主には必要な素質なんですかねぇ……」
すると清剛は何か思いついたのかわざとくさく美空に憎まれ口を叩く。
「まあ、でも、ウチの妹様の方が口わるいがなハハハ」
その場のノリで言った軽い冗談であったが、美空は刺すような視線で清剛を睨み付けると、
「さっさと失せろ!」と殺気に満ちた口調で罵る。
「……冗談通じねぇなお前は、本当に人間かよ。 つかベイビーが抜けてるぞ」
冗談を交え屁理屈っぽく清剛が言い返すと、
「それが何? 赤ん坊より好奇心劣る人が何言ってんの」
美空は見透かしたように言い放つ。
地味に痛い言葉である。
「ぐ……この冷徹サイボーグが……」
「誰がサイボーグよ! 失礼ね!」
「お前のことだよ」
「うっさいわよ! 兄いなんて出てきてすぐやられるモブ男よモブ男!」
「こんにゃ郎!」
映画にも引けを取らない暴言の応酬、
気まずい空気であることに代わりないのだが、ゆめは笑いを堪えきれなくなり吹きだしててしまった。
「ぷ、アハハハハ!」
勿論間近で爆笑されては渦中の二人が気づかないわけはない。
「「笑いごとじゃない!」」
口裏を合わせたわけではないが声がハモる。
「ちょっと! マネしないでよ!」
「そっちこそパクんな!」
む~といがみ合う兄妹二人。
その様子をゆめは苦笑いしつつ傍観するのだった。
――その後映画はクライマックスに入り、大きな損傷を負いながらも味方サイボーグは敵サイボーグを溶鉱炉に落とす。
全ては終わったかに思われたが、味方サイボーグは「チップはもう一つある」と言って自分の頭を指さす。
そして主人公の母親にコントロールパネルを手渡し、「破壊してくれ」と頼む。
主人公は絶句してから必死に別れを拒む。だが自らの破壊も含めて任務の完遂なのだろう、主人公がいくら説得してもサイボーグは判断を変えようとしない。
すると主人公はサイボーグが自分の命令に忠実であることを思い出し涙ながらに「――死ぬなって言ってるんだ! 命令がきけないのか…………っ」と言ってせがむ。
その哀しみに暮れる主人公を前に、サイボーグは「…………人間がなぜ泣くかわかった、俺には涙は流せないが……」と言って主人公を慰める。
その姿は慈悲に満ち、もはや対人兵器ではなくなっている。
そして悲壮なBGMのなかサイボーグは溶鉱炉にその身を沈めていく。
ラストに相応しい感動的なシーン。
先程まで言いたい放題だった兄妹二人も黙ったままスクリーンを見つめ、ゆめは感極まってむせび泣いている。
こうしてどうにか映画鑑賞は終わった。
「――とても心に残る映画でした」
「ありがとう、じゃあこれそれにしまってくれる?」
美空はそう言ってゆめにディスクを手渡す。本当は清剛に手伝わせるつもりだったのだが当の本人は映画が終わるなり「外の空気を吸ってくる」と言って逃げてしまい今部屋にはゆめと美空の二人だけである。
すると美空は片付けをしながらゆめにふと訊ねる。
「ねえ、話せたらでいいんだけど、あなたってフィギュアに宿った幽霊なのよね? 生前はどうだったの? 」
美空の問いかけにゆめは少し迷うような様子を見せてから、学生時代に壮絶ないじめにあっていたこと、
友達だと思っていた子がいじめの主犯格でそのいじめ以来人を信じられなくなったこと、そしてそれが原因で自殺してしまったことを赤裸々に話した。
「…………」
あまりに衝撃的なことに美空は絶句し言葉を失う。
「……なんだかごめんなさい……そんなこととは知らなくて……」
そして落ち込んだ様子で申し訳なさそうにゆめに謝る。そんな美空にゆめは優しく声をかける。
「そんな顔しないでください美空さんが悪いわけではないんですから。逆に聞いてもらえてよかったです」
そしてにっこりとあどけない笑顔をみせる。
「ありがとう、優しいのね……」
美空はそう言ってから少し考えて、
「……貴方がよければだけど、うちのバカの力になってあげてくれない? あのバカは誰かが支えてあげないと身が持たないから……」
「……美空さん」
それは美空の内気な兄を思う心からの本音だった。
「わかりましたお引き受けします」
ゆめは笑顔でそう答えてから美空が本当は清剛のことを家族として一番大事に思っていることを知り内心ホッとするのだった。
その後一階ロビーで三人は解散することになったのだが、
「あんまり彼女のこと困らせるんじゃないわよ?」
「心配されなくてもお前と違って彼女は献身的だから俺はそんなことしねえよ」
「なによその言い方! ほんとに人を怒らせる天才ね!」
「それはお前の方だろうが……」
「はあ!?」
清剛と美空はまた小競り合いを始める。
喧嘩するほど仲がいいとは言うものの、その様子にゆめはただ苦笑いを浮かべていた。
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