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【親友】
「楽しい時間を過ごせました。映画も感動できましたし」
「それは良かったな……」
美空と別れてから清剛とゆめの二人は市電の魚市場通駅から広末町駅に向かっていた。
ハツラツとしたゆめとは反対に清剛は不満と疲れが混じったような顔である。
「ところで、またどこか行きたいとか言わないよな?」
清剛が頭をかきながらボソッと訊ねるとゆめは、
「とくにはありませんがご主人様はどうしますか?」と訊ね返す。
「そうだな……」
清剛はそう言ってから一度腕時計に目をやる。帰宅するにはまだ少し早い時間である。
「とりあえず家の近くに公園がある、そこでゆっくりしていきたいんだが。いいだろ?」
「ええ、いいですよ。お付き合いします」
ゆめは清剛の提案を否定することなく笑顔で受け入れる。
次に行く場所もなんなく決まり何も困ることはない、だがこのとき清剛の心はどこか複雑な気持ちになっていた。
その後末広町駅に到着してから清剛とゆめの二人は日和坂を目指し歩いていた。
清剛は疲れからか無言のまま、ゆめも気を使ってか黙っている。
そうこうしていると二人の眼前に公園が見えてきた。
「あれが『元町公園』だ……あそこで休むぞ」
そう清剛はボソッと呟く。
公園は坂を上がる途中にあり園内からは函館港を一望することができる。
清剛はベンチに腰を下ろすと青い空を見つめながらそっと思っていること口にする。
「……なあ、何で君は俺にこんなに優しくしてくれるんだ? 疑ってるわけじゃないけど、俺の性格はこの通り暗いし、それに俺自身まだ自分の求める幸せがなんなのかも気付けてない……だからこんな俺と居て君はほんとにうれしいのかなって……」
「ご主人様…………」
それは清剛の心でずっともごももごと引っかかっていたことだった。
「あ、気を悪くしたならすまない」
儚げな顔のゆめに清剛が振り向いて陳謝すると、
「なるほど……」
ゆめはそう言うと一度ふぅと息を吐いてから小さく呟く。
「……確かにご主人様は暗い方ですね。でもそれは個性だと思うので私はちっとも嫌だなんて思ってませんよ。それに自分の求める幸せなんて私にも難しすぎて判りませんし」
「え?」
まさかそんな答えが返ってくるとは思っていなかった清剛は目を丸くして驚く、
「でも、そういう難しいことだからこそ二人で一緒に見つけていければと私は思っていますよ。勿論ご主人様がよければですが……ふふふ」
その言葉に清剛はハッとした。そして、
(この子になら自分のこれまでのことを話してもいいかもしれない……)
そう思った清剛は何故自分がこうもネガティブな性格になるに至ったのか素直に話してみることにした。
――五年前、清剛が二十歳の時母親がガンで他界した。妹の美空は高校三年生になったばかりで当時兄妹にとってその出来事はあまりに衝撃的なことであった。だがもう一つ、この時期、雇用のミスマッチが世間的な問題になっており、学生である美空はまだしも、ただでさえ資格や秀でた才能を持っていなかった清剛にとっては満足な仕事が見つかるはずもなかった。
これだけでも酷いものだが、清剛の心にさらに追い打ちをかけたのは自分以外の同年代の若者が大学進学や就活に成功していたことだった。そのことが清剛から自信を失くさせ現在に至った要因である。
「――まあ、ざっとこんなとこだ、だから自分の求める幸せがなんなのかもいまだにわからないんだがな」
清剛は言い終えると深くため息を吐く。
そんな清剛の様子をゆめは黙って見つめる。
すると突然後ろから声がした。
「お~い同志、そんなとこでなにしてんだ!?」
「「わっ!!」」
声を掛けられることなど予想もしていなかっただけに清剛とゆめは飛び上がらんばかりに同時に驚く。
「近くでそんなでかい声だすんじゃねえよ……」
お返しとばかりに話掛けてきた人物の方を睨み付ける清剛。
「悪い悪い……」
その相手はクリスマスイヴの夜にベイエリアへ清剛を誘った武士だった。
「お前なぁ……」
二マニマと憎らしい笑みを浮かべる武士に清剛は呆れたように嘆息する。
するとゆめは不思議そうな顔で清剛に訊ねる。
「あの……ご主人様この方は……?」
「ん? ああ……この怪しいやつか。こいつは武士、超がつくほどのオタクだ」
清剛は冗談を交えて説明する。
「……人を不審者みたいに言うなよ……」
不遇なことを言われ一度は口を尖らせる武士であったが、清剛の隣に座る少女を目にした途端、顔色がかわった。
そして、
「ちょっとこっちに来い」と言って清剛をベンチから無理矢理立ち上がらせると少し離れた場所でヒソヒソと呟く。
(おい、隣に居る女の子は誰なんだ。可愛すぎるだろ! それにご主人様てのはどういうことだよ!)
(落ち着けって、てか、説明しなくちゃダメなのかよ……)
面倒くさそうに清剛は武士にジト目を向ける。
(いいだろ? 気になるじゃないか)
(……仕方ねえなぁ、そのかわり口外すんなよ)
急かすような素振りの武士に清剛は根負けし、ゆめがフィギュアに宿った幽霊でその目的が自分を幸せにすることであると伝えた。
とはいえ、
「…………同志、大丈夫か? その、いろいろと……」
「本当だって! 信じろよ……」
現実離れした内容なだけに清剛の説明では武士は理解に苦しむだけで、後にゆめ本人が説明することでなんとか理解してもらえた。
――その後、
「――なるほど、それにしても同志はこんなに可愛い子かそばにいていいよな……俺にもそういう尽くしてくれる妹が欲しい……」
「確かお前の家は男兄弟ばっかだもんな」
「ああ、だから帰るのもほんとは億劫なんだよなぁ……」
武士は六人家族の長男なのだが、両親以外全員が男ばかりの家庭である。
「それにしても、声かける前はずいぶん落ち込んでたようだが何かあったのか同志」
「ん? ああ、自分の幸せってなんなのかって考えててな……」
武士の訊ねたことに清剛がため息まじりに答えると、
「同志は同志でいろいろ悩んでるんだな、で、答えは出たのか?」
武士は友達らしく思いやりのある言葉で訊ねる。
「いいや、それがさっぱりでな」
清剛はあごに手をあててボソッと答える。そんな清剛に武士は笑明るい口調で答える。
「ハハ、まあそうだろうな、でもいいんじゃないか? 『自分にとって何が幸せかなんて自分自身にもわからないもんだが、いずれそういうのはふと気がつくものだ』ぜ。どうだイケてる名言だろ?」
「……なにが名言だよ、まったく意味不明だぞ」
「なんでだよ~~」
――その後、
「それじゃまた来年な、それとその彼女大事にしろよ?」
武士は気だるそうにリュックサックを背負うと茶化さすよう訊ねる。
「だから彼女じゃねえて……!」
清剛は頬を赤くし言い返す。
「なんだ? 顔真っ赤だぞ同志」
「う、うるせえ! 帰れよ!」
「嫌だって言ったら?」
「いいから帰れよ……」
男通しの他愛もない会話、その様子をゆめは穏やかな顔で見つめるのだった……。
――自宅のリビング、
「お疲れ様でした」
「ちょっと今日は疲れた、でもぐっすり眠れそうだがな」
浮かない顔で答えた後清剛はふと壁掛け時計を見て疑問を感じた。
「なあ、活動限界だったっけ? それもう過ぎてるんだけど大丈夫なのか?」
ぶっきらぼうではあるが清剛は心配する。
何故なら現在時刻は午後六時を過ぎていたからである。
その疑問にゆめはサラッと答える。
「あ、説明がまだでしたね。実は時間内に帰宅できればこのままの姿でいられるのですっ」
「なるほど……」
(ずいぶんとチートだなぁ)と内心思う清剛であったが、ぼんやりと武士の言葉を思い返す。
(『自分にとってなにが幸せかなんて自分自身にもわからないもんだが、いずれそういうのはふと気がつくものだ』……か)
確かにそのことは難し過ぎて答えは出ない。だがそんなことよりも清剛は武士のさりげない思いやりに感謝するのだった。
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