内気な自分に彼女が教えてくれたこと。

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 【大晦日の夜】  十二月三十一日大晦日、清剛がゆめと出会って早くも六日が経った。  「お疲れ様でした。それにしても大晦日までお仕事なんて大変ですね?」  帰宅しソファーに脱力する清剛にゆめはふと訊ねる。  「まあいつものことだからな、もう慣れたが」  清剛は淡々と答える。  すると、清剛は何か思い出したようにふとゆめに訊ねる。  「そういえば今年ももう少しで終わるが、何かやり残したこととかはないのか?」  「え、そうですね……やり残したことですか……んんん……」  訊ねられたゆめは目をぎゅっとして真剣な面持ちで考える。  「……いや、別にないなら無理して考えなくてもいいぞ?」  どこか呆れつつ清剛がそう言うと、  「あの……やり残したことといいますか、やってみたいことなんですが……あれを一緒にやってみたくて……」  ゆめはどこかもごもごした口調でテレビ台の下を指さす。その中にはテレビゲーム本体とソフトが入った箱が入っている。  だが肝心のソフトは格闘もの一本、ステルスアクションゲーム一本、恋愛シミュレーションゲーム一本の計三本だけである。尚、恋愛ゲームについては清剛のものではなく友達の武士が持ち込んだものである。  「なんでよりにもよってゲームなんだ?」(しかも一緒にってまじかよ…………)  清剛が不思議そうに訊ねると、  「昨日ここを掃除しているときにどんなものか気になってソフトをいくつかしたんですけど。そのときに丁度面白そうなソフトをみつけたので……」  「なるほどな……」  (ゲームをしたいなんて女子にしては珍しいなぁ)と思いつつ清剛はまた訊ねる。  「で? そのやりたいソフトってのは?」  清剛がどこかやる気なさそうに訊ねるとゆめは格闘ゲームのパッケージを手渡す。  「これです」  「え? これでいいのか?」  手渡されたパッケージを目にした清剛は一瞬驚いた。  ジャンルは格闘ゲーム、それも購入して数日やって飽きてしまったソフトだった。  「……」  内心(何で格ゲー?)と思う清剛だったが二人で一緒に遊べるソフトはそれしかなかった。  「……しょうがねえなぁ、いいよそれで」   こうして一緒に格闘ゲームをすることになったのだがこの後のゆめの実力は清剛も思いもしないものだった――  「よし、じゃあやるか」  「はい! よろしくお願いします!」  「ずいぶん気合い入ってんな……」  セッティングを終えて、タイトル画面から対人対戦を選択し操作キャラクターを決めていく。  清剛が初戦に選んだのは赤いモヒカンが特徴的な筋肉質なキャラクター。  外見は強そうだが能力値は平均的である。  対するゆめが選んだのはネズミの耳を想わせるおだんごヘアーが特徴的なチャイナ娘だ。  能力的には跳躍力と俊敏さは随一だが攻撃と耐久は全キャラクター中最下位である。  「おいおい、もう少し強いキャラにしたらどうだ?」  これではフェアな対戦にならないと思った清剛が皮肉を交えて助言するも、  「いいえ、この子でいいです。可愛いので」  ゆめは首を横に振って断る。  「後悔すんなよ……」  どんなキャラクターを選ぶかは個人の自由ではあるが基本格闘ゲームというのは相手を倒すゲームなのでキャラクター選びも重要である。  (これ本気出していいのか……)  正々堂々勝負したいところではあるが相手は女の子、しかも自分よりも能力値の低いキャラクターを使うとあって全力で挑むべきか躊躇(ちゅうちょ)する清剛ではあったが一緒にやるからには後には引けない。  ――《ファイト》の合図とともにバトル第一ラウンドが始まった。  「おらあ!」  「うう……」  第一ラウンドは序盤から清剛が一方的に攻めたて、ほぼ秒殺といい速さでゆめのキャラクターをKOしてしまった。  大人げないとは判ってはいるがそういうゲームである以上致し方ない。  「だから言ったろ?」  「うう~」  とても悔しそうな顔のゆめに初戦をものにしたとはいえ釈然としない気持ちの清剛。  ここで止めてもよかったが、ゲームのルール上後最低でも二戦しなくてはならない。  (なんだかな……)  清剛は内心やれやれと思いながら次は少し手加減して挑むことにした。  ――そして第二ラウンドが始まった。  第一戦同様、清剛は序盤から攻撃を繰り出す。だが、  「くそ! 当たらねぇ!」  清剛のキャラクターの攻撃はことごとく避けられてしまう。  そればかりか地味に自分のキャラクターだけにダメージが入っていくので徐々に動きにも精彩を欠き始める。  飽きて閉まったまま手をつけていなかったソフトであるから感覚が鈍っているのはあるが、初戦を終えた後に基本操作だけを教えただけのゆめにこれだけ苦戦するとは思っていなかった。  第二戦は時間切れで清剛の負けで勝敗は五分に戻る。  続いて第三戦、清剛はキャラクターを変えて挑むことにした。  「うぐ、こうなったら奥の手だ」  五分に持ち込まれた清剛は公式上の隠しキャラクターを選択する。  外見は死神のようで能力値も桁違いのチートキャラクターである。  もう単純にキャラクターの性能だけで見れば清剛に軍配が上がる筈であるが、  「な、バカな……」  どういうわけかまったくゆめの扱うキャラクターに歯が立たない。  「ふう、これで二勝一敗ですね」  [くそぉ……]  三戦目も敗北しもう後がない清剛。  そして最終ラウンドの四戦目もあっけなく清剛は負け、対戦結果は三勝一敗でゆめの勝ちで終わった。  ――その後、年越しそばを食べたり一緒に年末恒例のお笑い番組を見て過ごすうち、あっという間に時間は過ぎ、後数分で今年も終わろうとしていた。テレビからは除夜の鐘が鳴っている。  「後少しで今年も終わりですけど、この一週間はどうでしたか?」  「まあ、色々バタバタだったけど今までと比べればだいぶ楽しかったかな……」  少し名残り惜しそうにしつつ訊ねるゆめに清剛は炬燵に寝転び頭の後ろで腕を組んだまま答える。  そして、  「今年もよろしくお願いしますね」  「ああよろしく」  新たな新年が幕を開けた。  「どうする? もう寝るか?」  「いえ、もう少しこのままで」  「別にいいが昼間に眠いだなんて言うなよ?」  「だ、大丈夫ですよぉ!」  こうして新年始めの夜は静かに過ぎていった――                                                                       
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