内気な自分に彼女が教えてくれたこと。

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【最悪な目覚めからの初詣】  「ん……ここはどこだ、それに……」  清剛は無重力空間にいるような違和感で目を覚ました。いや、実際には目を覚ましているかのような感覚の中にいるというほうが正しいだろう。  「ここは病院か?」  周りはもやがかかっているが医療用ベッドが何台も並べられている。  「ん?」  ふと清剛は眼前のベッドに横たわる女の子を目にする。  心電図が緊迫そうに音を刻み、人工呼吸器をして辛そうに息をしている。  その女の子との面識は清剛にはまったくないのだがどうも胸騒ぎが止まらず注視していないと不安でならない。 (なんでこんな不安になってんだ俺)  そう思っていると急に心電図から心肺停止を警告するアラームが鳴りだした。  慌てて清剛はナースコールを押す。  だがまったく応答がない。  「くっそ、 なんだこれ壊れてんのかよ! 誰か出ろつうの!」  焦る清剛をよそにアラームは鳴り続けとうとう心電図から波形が消えた。  そして病室にはピ――と虚しい音だけが鳴り響くだけだった。  「ご主人様大丈夫ですか? ご主人様!?」  「うわっ!」  清剛が飛び起きるとそこには心配そうな顔を浮かべるゆめの姿があった。  「大丈夫ですか? かなりうなされていたようですが……」  「あ、ああ……」  そう言ってから清剛は目覚まし時計を見てすでに日の出の時刻が終わっていることに気がつく、  「……もう太陽()のぼりきちまってたようだな……すまん」  「え?」  言われた方のゆめは少し驚いた顔をする。  実は眠りにつく前、清剛は清剛なりになにかゆめにしてあげたいと思っていて、それはゆめに初日の出を見せることだった。  「お気になさらずに、それより今は気を落ち着けましょう」  「ああ……そうだな」  ゆめに気にする様子はまったくなく、心残りはあるものの少しホッとする清剛だった。  ――その後、  「どうですか? 少しは落ち着きました?」  「ああ、だいぶな」  リビングの炬燵の中でコップに注がれたコーヒーを一口飲みながら清剛は見た悪夢の内容をゆゆめに話した。  「それはそれは……なんとも怖い夢でしたね」  聞かされたゆめは顔をこわばらせる。  「まあな、しかしあまりにもリアルな内容だった……」  清剛自身数えきれないほど夢は見てきたが、ここまで怖く、鮮明な夢を見たのは初めてであった。だからこそ忘れようにも忘れられない。  「……そうですか、ところで思い出させるようで申し訳ないんですけど、その女の子に見覚えはないんですよね?」  「ああ、ただ、その子が息を引き取ったときものすごい喪失感(そうしつかん)を感じたな」  「なるほど……それはもしかすると予知夢かもしれません。ですので充分お気を付けになったほうがいいかと思います」  「ずいぶん詳しいな」  「あ、いいえ私の勝手な感ですので……」  「あ、ああ」  (予知夢かぁ……ただの幻想であってほしい……)  『予知夢』この言葉に清剛は内心とても不安になった。  だが、何故そう感じるのか自分でもまったく判らないのだった。    それからしばらくして清剛はふとあることを持ちかけた。  「お陰でだいぶ楽になった。そこでなんだが……今からちょっと出かけないか? その……さっきのこともあるし……」  「え? 本当に大丈夫なんですか? それと一体どこに行くんですか?」  まだ少し心配しながら外出先を訊ねるゆめ。  すると清剛は少し照れくさそうに言う。  「……は、初詣……この近くに神社があるからついでに――」  どうやら初日の出を拝ませてあげられなかったお詫びをしたいようである。  「いいですよ」  ゆめはそう言ってから清剛にテーブルの上にある雑誌を取ってほしいと頼む。  「これか? ほら」  その雑誌には初詣の楽しみ方やお参りスポットが載っている。  ゆめは清剛から雑誌をもらうと、唐突に、  「私がいいと言うまで目を閉じていてください」と言う。  「え? ああ……わかった」  疑問に思いながらも言われ通り清剛は目を閉じる。  しばらくそのままでいると、  「――いいですよ。目を開けて下さい」  ゆめの声とともに清剛が目を開けると、  「あ…………」  清剛は一瞬息を飲んだ。  それは鮮やかな紅い振袖に身を包んだゆめの(りん)とした姿だった。  「どうかされました? やっぱり似合ってませんかね……」  「あ、いや、似合ってる似合ってる」  照れくさ過ぎて清剛はゆめを凝視(ぎょうし)できない。  するとゆめも照れ笑いを浮かべる。  「ふふ、よかったです。似会ってなかったらどうしようかと思ってましたからホッとしました」  「それじゃ行くか?」  「はい!」  それから清剛とゆめの二人は家を出て神社に初詣(はつもうで)へ向かった――  「すごい! 人がいっぱいです!」  「新年初日だからな」  お正月始めの日とあって二人以外にも多くの参拝者が訪れており完全防寒の厚着をしていいる人や首にモフモフのショールストールを巻いた振袖姿の女の子たちもいる。  「寒くないか?」  「ちょっと膝の辺りがスース―しますぅ……」  「……だろうな」  ジーンズと違って振袖は足元から風が入ってくる。防寒用のタイツを履いていても冷気を完全には防げない。  「とりあえず風邪ひく前にお参りしちまうぞ」  「は、はひ……クシュンッ!」  「……言わんこっちゃない」  「あぅ……」  ――本堂に着くとそれぞれ賽銭箱(さいせんばこ)に硬貨を入れ、手を合わせる。  「………………」  「………………」  祈り終わってからゆめは清剛に訊ねる。  「ご主人様はどんなお祈りをしたんですか?」  「ん? ああ……」  それに清剛はドヤ顔で堂々と「今年こそ格ゲーで勝てますようにだ。あれはさすがに悔しかったからな」と答える。  「……すごい勝ちへの執念ですね……でもそれって神様にお祈りすることじゃないような気も……」  ゆめは半ば呆れ顔で苦笑いを浮かべる。  「いいんだよ。神様は心が広いから問題ないって」  清剛はそう言ってから訊ねる。  「ところで君はどんなことお祈りしたんだ?」  「えっと、私はですね……」  ゆめは少し考えてから本堂の方に目をやって答えた。  「今年もご主人様の幸せの力になれますようにです」  「……そうか今でも充分なってると思うけどな……」  小さなこえで呟く清剛。  「え?」  「いや、なんでもない」  お世辞ではない清剛は本当にそう思っている。  ――この後本堂をバックに写真を撮り、帰り際二人は運試しにおみくじを引いていくことにした。  まず最初に清剛が百円を入れておみくじを引く、  その結果は……  「んん……末吉か、日ごろの行いの所為だなこれは」  続いてゆめが引く、  結果は……  「大変言いにくいのですが……大吉でした……すみません」  「ほんとだ、羨ましい」  おみくじの結果にがっくりと肩を落とす清剛。  そんな清剛をゆめは優しく(さと)す。  「ご主人様は末吉の本当の意味を知ってますか? 末吉は今の運は確かに悪いけれどこれからの未来には運が開けていきますよ。っていう意味のおみくじなんです」  「幽霊なのにいろいろ詳しいんだな。それならありがたく持って帰るか」  末吉の以外な意味に納得してからおみくじを財布にしまうと、  「俺は持って帰るが君はどうするんだ?」と訊ねる。  「そうですね私も持って帰ります。折角の記念ですから」  ゆめはそう言うとおみくじを大事そうに握りしめる。  「失くすなよ?」  「はい……クシュンッ!」  「……」  こうして清剛にとって異性と初めて行った初詣は楽しく無事に終わった。    「――とても楽しかったです。ありがとうございました」  「それはよかったな」  帰宅後清剛は炬燵に足を伸ばしてスマホのフォトホルダーに保存されたゆめの写真を見ていた。  すると、  「そういえばご主人様、人込みは苦手でしたよね? ストレスではありませんでしたか?」  ゆめがそう訊ねると、  「まあそれは……今朝のこともあるしそれに何か話題ぐらいないと美空(あいつ)に馬鹿にされるから……」  清剛はどこか言いずらそうに答える。  「フフ、なるほど」  「な、なんだよぉ」  笑われて清剛は口をとがらせる。  すると、ゆめは清剛にある提案をする。  「そういえば美空さんは元気でしょうか。映画を観て以来会っていませんから、近々会ってお話しがしたいのですけど」  「……それって俺も一緒なのか」  「無理にとは言いませんができれば一緒で……」  「…………」  清剛自身、あまり積極的に関わりたくない相手と会うのは正直気が引ける思いはあったが、  「わかったよ。仕方ねえな」  ゆめが一緒ならなんとかなるだろうと楽観的に割り切る清剛。  だが清剛はこのとき自分の考えの甘さに気付いてはいなかった。                                                                     
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