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3-2
「ねぇ、さっきの質問に答えてよ」
部屋に着くやいなや、青井が返答を急かす。
「分かったって。まず俺は本当に翔だ。間違いない。
調子はぼちぼちだね。問題ない。
でも、石油のことはよく分からないよ。知識がない」
「へぇ、つまんない」
「ごめん......」
思っていたのと違う。
青井が別の質問を切り出す。
「じゃあ、どうしてここにいるの?」
「それだよな。ちなみに、香澄はどうやってこの世界に来た?」
「え、いつもの新宿の角で後輩とぶつかったらいつの間にか......」
「なるほどな。実は俺もそこでおっさんと衝突してここまで来ちまった。
1年前の今日の夕方のことだ」
1年前の今日。青井と五島が別れを遂げた日である。
「あ、そうだ。まだおっさんについて言っていなかったか」
五島は近くで寝そべる赤ちゃんを指差して言う。
「こっちがそのおっさん。何度も元の世界とここを行き来してるんだってさ。
現世に生き辛さを感じたときにここを訪れているらしい。
俺は色んな情報をおっさんから教えてもらったよ」
ここで青井が素直な疑問をぶつける。
「おじさんが何度も行ったり来たりしているってことは......
元の世界に戻れる方法があるわけ?」
五島はためらう間もなく即答した。
「あるよ。それも簡単、頭の中で『戻りたい』と強く念じればすぐだよ。
心の底から願えばそれでいい。
ただし、戻るのにも期限がある。1年、それが猶予だ。
1日でも過ぎてしまえば二度と帰れなくなる。
まぁ、これもおっさん情報だけどな」
「1年って......今日が最後じゃん! 何ですぐ戻らないの?」
青井が核心を突く質問を投げかけると、一瞬で空気が重くなった。
五島がゆっくりと口を開く。
「人生に疲れたんだ。
実を言うと、香澄と別れる前から悪いことが続きっぱなしだった。
職場で侍のコスプレをしても無視されるし、
好奇心から買ったアンモニアを肺いっぱいに吸い込んで死にかけるしさ。
もうどうしようもないんだよ」
「それは辛かったよね......」
二人の神妙な面持ちに騙されそうになったが、
会話の内容が大変馬鹿らしい。
「まぁ、それは冗談なんだけどね! ハハハハハ」
何だこいつ。彼は場を取り繕うようにして言った。
しかし、彼の眼の奥は笑っていない。
「じゃあ、戻るか。後輩さんを呼びに行こう。
部屋の外で待っておくから、準備ができたら来て」
五島がそう言って部屋を出た。
今残っているのは、青井とおじさんの二人。
青井は意を決しておじさんに話しかけた。
彼の素性に探りを入れる気だ。
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