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追加エピソード 彼編 2
すくすくと育つ我が子が可愛いくてしょうがない。
すっかりと母の顔付きで子をあやす妻にも、昔に砕けたはずの気持ちが蘇る。
ああ、そうだった。
彼女のしっかりした所に惹かれたことを思い出す。
こうやって過ごしていけば、いつか完全に、いや前以上の想いとなっていくのだろう。
俺達は家族なんだ。もう離れることはない。
緩やかに流れる時間の中で感じる気持ちは、日々変化を重ね、過ぎていく。
苦い痛みとなった傷が奥底に沈みつつあった時、それは突如として訪れた。
会って話したいです。時間をくれませんか。
沈みかけた傷が浮上する。
ぐるぐる、ぐるぐる、身体を巡り出す。
会わない選択は俺にはなかった。
友人も街も職場も捨てさせたのだ。一方的な別れだったのだ。そんな風に傷付けまくった俺が、君を踏み台にして手に入れたような幸せを享受している現状に、その罪悪感に押し潰される。
忘れていない。
忘れてはいけなかった。
何を言われても受け止める覚悟で向かった先で、目にした君の姿は驚愕のひと言だった。
息が止まったと思う。歓喜で。
あんな別れをした男との子を産もうとしてくれている。君との未来を望んだ証を、その愛を、残そうとしてくれているのが嬉しかった。
憎まれても当然なのに。
君から何もかもを奪った俺が、唯一、あげれたものがあったのだ。喜ばないはずがないだろう。
現実問題として横たわるものは、誠意と誠実で俺が何とかするから。妻にも説明する。
必死の思いはやんわりと拒否された。
援助も暴露も望んでいない。家庭を壊す気もない。
ただ知って欲しかっただけだと、俺の気持ちを聞けて良かったと、笑った。
この時になって初めて俺は横にいる中年の意味を知った。一緒に現れた時は誰だと思っていたし、君の子の相手かとも勘違いしたけれど。
遠からず、当たっているのかもしれない。
互いに昇華するには、まだ時間がかかるだろう。
未来を約束した仲で愛の絶頂期と呼べる時期での別れ。望まない別れだったのだ。
一度抱いた想いを消すには苦過ぎる。
久しぶりに見た君に感じた恋情。
君の瞳の中に浮かぶのも同じものだった。
だけど熱くない。燃え上がることもない。
あの頃とは違う。狂おしい想いではない。
確実に時が、選んだ環境が、次の段階へと運んでくれている。
君も。俺も。
会えて良かった。
傷付けたけれど、愛したことに嘘はない。
今度は笑顔で別れよう、と。
そう言ってくれたことに、心の中に沈殿していた仄暗い想いが軽くなったことを知る。
願わくば。
どうか幸せになって欲しい。
自分の手でするはずだったけれど。
この想いは貴方に託してもいいだろう……か。
雑踏に紛れる長身の背に問いかける。
振り返ってもいないのに、しっかりと繋がれた手が答えのような気がした。
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