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強がりでいい
結婚目前での別れ、同棲解消。
互いが望んだわけじゃないのに、こんな終わり方をした私達。
社内恋愛なんてするもんじゃない。
一方は違う誰かと歩む未来があり、一方は抗えない運命に翻弄され捨てられただけの未来。
憐む視線がどちらに集まるか言うに及ばずで、結果、私は恋人も職も失う羽目になった。
耐えれなかったのだ。
こちらを気遣う人、私達の仲を知る人、何より、どうやっても会社という枠の中で視界に散らつく彼の姿に。
送別会は事前に断っていた。
最後の出社日はお世話になった部署、上司、同僚への挨拶回り。退社前に花束を頂いて、今日一日、何か言いたげにしている彼の横をすり抜けた。
「待っ」
「お幸せに」
ほぼ同時だったと思う。
聞きたくなかった。何も言われたくなかった。
私の心はボロボロだ。強くないのだ。
だから吐きたくない言葉で遮った。
思っていない。本心じゃない。
縋りたい。抱き締めたい。まだ愛してる。
溢れそうになる想いを押し込めて、振り切るように足を踏み出した。振り返らない。滲んだ瞳は見せたくない。
彼は優しい人。誠実な人。一途な人。真面目な人。
罪悪感など持たせてなるものか。
愛したことを後悔させてなるものか。
これは私の意地。
彼の中に傷として残りたくない。
綺麗なままで終わらせたい。
私達の始まりは失恋同士で、別れた相手への未練を散々吐き合った仲。つまり、彼は元カノが嫌いで別れたわけじゃない。結婚まで考えた相手ということも、付き合う前から知っている。
だから、こうなってしまったのは、きっと必然。
タイミングはズレたけど、愛の証を宿した元カノが彼の運命なのだろう。
神様もなかなか酷いことをする。
わざわざ私に損な役回りを負わせなくてもいいのに。
会社を出た途端、決壊したように涙が零れた。
花束で顔を隠しながら走り出す。
用意は済んでいる。
家に帰ったらスーツケースを手に街を離れよう。
やり直すには思い出があり過ぎる。
どこか知らない場所へ逃げ出さないと、いまだにしつこく残るこの想いが、いつか彼へと、彼の家族へと牙を剥くかもしれないから。
だから全部、置いていく。全部、捨てていく。
教えてくれた身を焦がすような恋情も、与えてくれた優しい穏やかな愛情も。
濁り、汚く醜く成り下がった気持ちの何もかもを。
彼に関わる一切をこの街に残していく。
行く当てはない。
決めてもいない。
気の向くまま、暫くは自由な旅人でいよう。
胸に根を張る痛みが薄れるまでは。
あの日からずっと、頭にこびり付いて取れない死への衝動がなくなるまでは。
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