誰も知らない

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コンビニでお昼を物色しすぎて、タイムカードのリミットギリギリで会社に駆け込んだ。 噴き出す汗を拭うより前に急いでタイムカードを押し、すっかり習慣になったアルコールスプレーを両手に塗り込む。ロッカーからノートPCを出して急ぎ始業のメールを送信する。お昼ごはんに買ってきたサンドイッチを共用の冷蔵庫に収納して、せわしなく鳴り響く電話にちらりと目線を送り、少し考えてから電話をとった。 *** テレワークが導入されるようになってもう3か月以上経つのに、オフィスは一席空けることができないくらい混んでいる。一緒に働く人たちは、マスクで大部分が隠されているせいか心なしか表情が硬く、冷たいように見えてしまう。朝一でかかってきた内線でいきなり他部署からクレームを受けたせいで、仕事にいまひとつ集中できない。役所へ提出する書類を今日中に作成しなくちゃいけないのに、次々とかかってくる電話の対応に追われ、ギスギスして進まない他部署との折衝に気を遣い、もう締め切りなんてどうでもよく思えてしまう。気分が塞いで集中できないことで余計にイラつき、コーヒーを買うために席を立った。 そのとき、見てしまった。 ブースから早足で飛び出し、目元を抑えたその人の横顔を。
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