誰も知らない

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しまった、と思った。 人の泣き顔など、しかも友達でも親しい訳でもない同僚の泣き顔など見ても、 見られた方は気まずいだろうしこちらも居たたまれない。さっと顔を背けたが、相手はわたしに気が付いただろうか。 *** コーヒーを買おうとしていたことなど忘れて、動揺したまま席に戻った。 泣いていたあの人は、つい3月まで同じチームの同僚だった。わたしが4月から別チームに配属になり、更にコロナの影響でチームごとの輪番出社が始まった影響でもうずっと話もしていないが、人当たりがよく穏やかな話し方で、わたしも業務の相談に乗ってもらったことが少なからずあった。 見てしまったとき「ああ、この人もか」と正直思った。 わたしは去年の4月に中途で入社してきたばかりの新参者だが、それでも心身の不調を訴えて休職した人や、明らかに元気をなくして異動や退職した人を同じチーム内でもう5人以上見ている。わたしのチューターとして何においてもまず相談に乗ってくれた先輩も、今年の5月末で退職した。はっきり言って、働きにくい職場だと思う。緊急の案件が入れば、夜9時10時まで働くのは当たり前だし、土日出勤もままある。電話が多く書類仕事が捗らない。電話で愚痴や罵倒を受けたり、1回の通話で1時間を超えることもある。それでも、社会貢献色の強い仕事であるし、わたしもやりがいを求めて「この会社に入りたい」と切望して入社した。…それでも、もう出社したくない。1秒でも早くここを退職したいと思うことは結構ある。コロナで転職するあてがないから留まっているだけだ、と内心毒づく日もある。 あの人も、異動か退職するのだろうか。 クレーム対応が続いているのは噂に聞いていたし、特に不思議はない。 ない、けれど、なにか胸騒ぎがした。 あの日のことと、関係しているのだろうか。
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