寂寥の時節≪せきりょうのとき≫

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  「私、いつ死んだの」  住職に手を引かれながら、三度目の道を歩く。 「今年で丁度、五年になります」 「……そう」  さっきと同じように階段を上り、寺門をくぐる。  ふしぎと、数刻前に感じた不快感は訪れなかった。  むしろ晴れ晴れと、体が更に軽くなったような気さえする。  住職の手を離し、少女は軽い足取りで歩き出す。  今なら風に乗って飛んでだっていけそうだなんて、そんなことを思う。  通り抜ける風が心地いい。 「わたし、ずっと家に居たの。夜中に電話が鳴って、お父さんがお婆ちゃんが危ないって叫んだ……慌ただしく二人が車に乗り込んだ……」  二人が車に乗って病院に行き、事故に遭った。少女は自分は家にいて、助かったんだと思っていた――そう話す。 「お通夜もお葬式も終わって、一人になったと思ってた。家も庭も、自分だけのものになったって。それが嬉しかった」  少女は家の方を見る。  寺の壁に囲まれて、家は見えない。  見えるところに行こうとしてか、自然と足が墓地の方へと向く。 「ぜんぶ、まちがってたんだね」  住職はじっと目を閉じて、少女の後ろを歩いていた。 「毎年、この日を迎えると隣の家から物音が聞こえていました。貴方は毎朝庭の花壇に水をあげていましたから」  少女はさっき倒れた墓の前で足を止める。  墓地に入ってすぐの中央、一際大きく目を惹く墓石が立っている。 「さっきここでお母さんに呼ばれたの。あんなに嫌だと思っていたのに、消えてしまうのを見たら追いかけたくなっちゃった」  住職を振り返りながら微笑む。 「行って差し上げるといい。きっと待っていますよ」 「うん……迎えに来てくれてるうちに、かえらなきゃ、ね……」  俯いた少女の背を、住職は静かに見つめた。 「もう一度、お経読んでもらえるかなあ」 「勿論」 「今度はちゃんと聞いてるから」  もう一度振り返った少女の目に、微かに笑んだような住職が映る。  住職は少女に、そして目の前の墓石に一礼する。両手を胸の前で合わせ、数珠を微かに鳴らした。  よく透る張りのある声が経を読み上げる。  その声に包まれるような心地で、少女も目を閉じた。 「御坊。――ありがとう」  読経を終えた住職の耳に、微かに少女の声が聞こえたような気がする。  澄んだ鈴の音を、高く響かせる。  住職は深く、長く頭を下げると、昇っていく線香の煙をいつまでも見上げた。  その日から、隣家で起こる変事の一切が耐えたと云う――
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