毛皮を着替えて

1/6
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 夫の正樹(まさき)がうちに帰ってこなくなったのは、推定15歳の愛猫ニャウが天寿を全うして一週間を数えた日のことだ。  火葬を依頼したペット専門の葬儀屋から、小さな仏具の案内や法要のスケジュールなどの連絡が来ても考える余裕は全然ない、そんなタイミングで。  薄い茶トラから小さな骨壺に姿を変えた彼女は、元気だったころ好んでくつろいでいた洋だんすの上に、元気だったころの写真の隣にたたずんでいる。  正樹の行方を確かめようにも、携帯もSNSもブロックされていて確かめられない。共通の友人や彼の同僚に聞くのも、今の段階ではためらわれる。  なので取引先を装い、会社に電話をかけてみた。返ってきた答えは「今週いっぱい有給休暇を取らせていただいてます」だった。  計画的かどうかはわからないけど、とにかく行方不明は故意、少なくとも弾みや行き当たりばったりではなさそうだ。  きっかけはペットロス。でも原因はたぶん別。妊活だ。  私たちは、子供は授かりものだからと、結婚以来自然にまかせていた。今のマンションに転居して間もなく、エントランスの植え込みにうずくまっていた子猫のように小柄な成猫を保護したときには、両家の親から孫の誕生が遠のくとか何とかと反対されたけど、気に留めず飼うことに決めた。 ニャウと名付けた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!