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間もなく病院に着くと斎藤さんに連絡すると、救急外来の出入口に向かうよう指示された。
乙彦は、俺は車内で待つよと言って、私をおろして駐車場へ向かった。
メディア関係者は大多数が正面玄関に集まっているらしい。案外スムーズに入館できた。
斎藤さんによると、正樹はバスの乗客ではなく乗用車の運転者で、事故を起こしたのではなく巻き込まれた側のようだ。ケガの具合は肋骨骨折、胸部打撲、擦過傷などで命に別状はない、と説明を受けた。
追加で、女性の同乗者がいたことを知った。同じ病院に入院しているそうだ。
「不倫旅行かよ」
小さくつぶやくと、さっきまでごちゃごちゃしてたのか真っ白になってたのかさえわからなかった頭の中が、すっきりとクリアになった。
斎藤さんがその人の名前やケガの具合などの説明を始めそうだったので、私はそれを遮った。
「それで、私は夫に会えますか?」
一人部屋のベッドに横たわる正樹は、絆創膏や包帯で見るからに痛々しかった。身動きがかなわない中でもバツが悪いらしく、私から目を逸らしている。
そうだよね、どうがんばっても「ぼく悪くない」は無理筋だものね。
「痛そうね」
気遣う言葉はいくつも浮かんできたけど、言う気にはならなかった。
正樹は無言だ。謝る気もないらしい。
「警察から知らされたから一応来たけど、今後のことはお義母さんにしてもらってね、必要なものは言ってくれれば送るから」
それだけ言って病院を出た。さっきの出入口から駐車場まで斎藤さんが送ってくれた。
「どうも、同僚の田畑です」
聞かれてもないのに乙彦は窓越しに挨拶した。
「思ったより早かったね」
一般道に出てから乙彦が言った。
「不倫旅行だったのよ。相手は誰だか知らない、知りたくもない。あの人、この状況でもあっち向いたまま無言でね、言い訳もしなけりゃ謝りもしない、まあ言い訳されても聞こえないけど。おかげで何ていうか、冷めた感じにもならなければ、情けないやつとも思わなかった。気持ちが平坦になったっていうか低くフラットになったっていうか、そんな感じ」
「ふ~ん…としか言えないな」
翌日義母から電話がかかった。憤懣やる方ないというか、つっけんどんと慇懃を混ぜ合わせたような話しぶりで、健康保険証とか自動車保険とか社員証とかそんなことを並べ立てたので、まとめて病院に送りますと答えておいた。
それらを揃えて発送するまでに二日かかったのは、もう一つの書類を同封するためだ。
離婚届。証人欄の署名捺印も済ませたものだ。
離婚の旨を人事に届けると、話は社内で一気に広まった。
バス事故+不倫旅行+離婚。当人に聞こえるところでは話題にできない「蜜の味」だ。
尾ヒレもついた。私と乙彦がデキていて実はW不倫だったらしい、と。
デキてない、親しいけど。
だからといって私の「聞こえない」ところでのウワサ話に戸をたてることなどできず、どうしようもない。
病院に連れて行ってくれたあの日から、乙彦はほぼ毎晩のようにうちに来ている。ご飯食べて少し話して帰る。ノンアル。週末泊まるってわけでもない。
親密度が増したのは事故後だけど、これだとつきあってるって思われても仕方ないか。
乙彦が来てくれるおかげで、正樹のイヤなところを思い出すことはあまりないし、ニャウがいない寂しさも紛れてる。そのうち彼女のために仏壇を見繕ってやりたいと思えるだろう。
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