毛皮を着替えて

6/6

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 久しぶりに珠希を宅飲みに誘った。  詳しいことはあとでゆっくり話すからとにかくお願いと、離婚届の証人になってもらったことへの謝礼かたがた離婚にいたるまでの状況を説明しなくてはと思ったからだ。  彼女が好きそうなお店に行くアイデアもあったけど、店員やほかの客の目を気にせず話したい気持ちもあって、少し贅沢目の酒肴をウーバーイーツで取り寄せることにした。10周年の結婚記念日に正樹と開けるはずだったワインも今日飲み干すつもりでいる。  ちなみにもう一人の証人は乙彦だ。  現状報告を終えると、珠希は右手にカプレーゼをぶっ刺したフォークを、左手のワイングラスを持って言った。 「その後輩くん、まるで通い猫だね」 「え? ちょっと意味わかんないです」 「で? 今日は来ないの?」 「一応友達と宅飲みって話した」  来ないとは思うけど、もしかしたらエントランスあたりで様子をうかがってたりしてと思ってる、とは言わないでいた。  カプレーゼを飲み込んだ珠希が改めて話し始めた。 「フランスかどこかの言い伝え的な話があるじゃん、知らない? 死んだ飼い猫が別の毛色になって、飼い主のところにまた現れるっての。飼い主とか家のことが大好きだと間を置かずに帰ってくるの、まあまあ好きだと、一年とかちょっと時間を置いてやってくる」 「聞いたことあるようなないような…それで?」 「だから、後輩くんは帰ってきたニャウかもよ、って」 「何それ、全然違うじゃん、後輩とニャウはこの世にいる時間が思いっきりカブってるし、生き物としての種も違いすぎる」 「そこはほら、ここは日本だから、化け猫伝説と混ぜちゃうのよ、ニャウの魂は後輩くんに乗り移ってて、見た目は人間で心は猫で、紗枝んとこに帰りたい思いで毎夜毎夜やって来る…とか、そんな感じいいじゃん」  珠希は酔うと即興で物語を作りながら語る癖がある。いつも面白いことを言うなぁと感心するけど、実は素面で聞いたことがない。  もしかしたらただの変な話で、お互い酔ってるから面白いと思うだけなのかもしれない。後日素面で聞くためにボイスメモに残そうと毎回思うけど、その時にはすっかり忘れて録り損なっている。  ちょっと重めの赤ワインを一口飲んで想像する。  猫又ニャウに憑かれて毎晩ここに通わされてる乙彦…。憑かれた人間に尻尾生えてたりするんだろうか? 乙彦がご飯だけ食べて帰っていくのは、もしかしたらパンツ脱いだときに尻尾があるのがバレるから?  ニャウの長い尻尾が人間の尻にくっついてゆらゆら揺れてるのが見えてきた。 「やだー、その化け猫可愛い? 可愛くなさそう。でもニャウなら可愛いよね? あ、でも毛色が違うのか。可愛いかなぁ」  盛大に笑ってお腹が痛くなってきた。  目じりに涙が溜まって、次々に零れる。  二人で笑い転げていると、チャイムが鳴った。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加