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わたしは小さな頃から少しだけ、人よりも勇気のある子だった。
運動会のリレーの選手で誰もやりたがらない中アンカーで走った時。中学の音楽祭で指揮者に名乗り出た時。合格祈願へ行ってお守りも買わずに大学受験に臨んだ時。大学一年で好きだった同じ語学クラスの生垣君に告白した時……。
わたしはいつだって、少しの勇気を振り絞ってきた。
でも、その勇気は歳を重ねるごとに増してくるものではないらしい。
十月初旬のよく晴れた爽やかな土曜の朝。気合を入れて新しいモスグリーンのワンピースに黒色のロングカーデガンを羽織ったわたしは、ニューヨークスタイルの小洒落たカフェで、振られた。
「好きな子ができた」
そう言った林田の顔には、四年間付き合ったわたしに対してさほど申し訳なさそうな感じはなく、でもこれ以上何も訊いて欲しくないような、そんな表情が浮かんでいた。二つ年下の林田が選んだのは、わたしより八つも年下。会社の後輩の女の子だった。
――どうしてその子を選んだの?
今日で三十二歳の誕生日を迎えたわたしは、今少しの勇気をだして訊き返すことは、どうしてもできなかった。
馴染みのカフェだったことが災いし、誕生日のわたしにと「ハッピーバースデー」とタグのついたかわいらしいピンク色の花束を入店時に渡されていた。わたしはその花束を握りしめたまま、何となく、朝ウキウキして出てきた家に帰りたくなくて、その日のうちに実家に帰ることにした。
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