*****「1」*****

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 (いわ)く、結婚をするまで、私はらしい。 「飼うなら犬でしょ」  猫飼おうかな、と呟いたら聞こえたようで返事が返ってきた。まだ、結婚する前だったと思う。 「なんで」 「猫は柊乃(しの)さんやろ」  ゆうるりと抑揚(よくよう)を付けて語尾(ごび)をあげる西の方の喋り方。 「あ、でも」 「蝶々かな。いっつもどっかふらふら行くし、飛んだまま帰ってこなさそうや」  気の抜けた彼独特の空気感は、一歩間違えれば臭くなりそうな言葉も、格好のつかない自然な言葉にしていた。  彼の言う通り、どうやら私は現実との乖離(かいり)が大きい。自分のなかの時間は人よりも(はる)かにゆっくりと流れていて、常識と呼ばれる当たり前の価値観やルールも、薄いアクリル板を一枚(へだ)てて、どこか他人事みたいな世界にある。 「これで、なんか一安心やねえ。助かるわあ」  印鑑を手に、もともと困り顔の眉をさらに下げて、にこにこと笑っていた彼を見ていたときも、こんな紙切れ一枚でなぜ彼が助かるのか、よく分かっていなかった。  ポケットの財布は片道の旅費。  帰りは気が向いたときに通帳で帰ってくる、それができる時代。施設の先生も友人も、十八で出ていくのだからと、強く引き留めることはなかった。  そこから数年。私はあまりに自由過ぎたのだ。  遠く西洋の中世化学、錬金術には「結婚で完全になる」という思想が存在するのだという。以前、読んだ本の一節にあった内容。  ふらふらと頼りのなかった私を、ひとところに留めているのだから、意外に言い得て妙な発想なのかもしれない。 1dcb319a-4259-4b1d-b2a9-c7f1509f366b  気付けば、夢現(ゆめうつつ)で家の前までたどり着いてしまっている。 (久しぶりに一人でいるからだろうか)  (わず)かに舌に残ったラムネの甘味料が、すう、と鼻を抜けた。
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