*****「1」*****

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 考え事をするままに、一番近い彼との記憶を手繰(たぐ)る。 「柊乃さん、俺が死んだら、お葬式してね」  私を人でないと言った夫は、大袈裟(おおげさ)にふざけて三日前、短期の海外出張に行った。  そして、帰らぬ人となった…  なんて劇的なことはなく、本日の深夜に帰ってくる。 ぷくぷくぷくっ  軒下の淡水魚がシャボン玉を吐いた。  手入れの良くされた水槽は、水が澄んでいて、常に快適そうな環境が保たれている。未だ見たことのないお隣さんの性格がうかがわれた。命ある生き物を進んで飼うような人はきっと、私のようにぼんやりとはしてはいないのだろう。  いつものように満足するまで眺めてから、鍵穴に差し込もうとしたとき、端で何かが動いた。  びくりと心臓が跳ねて正体を見届けようと、目を向ける。それは、近代的な黄色いポストの陰になって、(うずくま)っている人影だった。  脳天のつむじから左右に流れた黒髪が、陽射しを反射してつやつやと光の輪っかを揺らす。 「ねえ」  返事がないのを不審に思って近づくと、薄手のカーディガンの両袖(りょうそで)を掴んで上下に震えているのに気づく。 「!」  浅くて(せわ)しのない息だった。 (脱水症状…!?)  袋で一緒くたになっている飲料ボトルを引っ張り出して、飲ませる。 「落ち着いた?」  うん、と(うなず)いて立ち上がった彼女のカーディガンの下は、近所の高校の制服だった。 「真夏の昼間に外を彷徨(さまよ)うときは、水分を持ち歩くものじゃない?」  スカートの砂を払っている彼女を目にそう口にすると、まだ強張っている彼女の青い顔が、怪訝(けげん)な表情をした。 「家の人呼ぶ?」  今度は、意思の強そうな一文字の唇を引き結んで、首を振る。肩に触れないロングボブの髪が左右に揺れた。 「トマトカレー、好き?」
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