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考え事をするままに、一番近い彼との記憶を手繰る。
「柊乃さん、俺が死んだら、お葬式してね」
私を人でないと言った夫は、大袈裟にふざけて三日前、短期の海外出張に行った。
そして、帰らぬ人となった…
なんて劇的なことはなく、本日の深夜に帰ってくる。
ぷくぷくぷくっ
軒下の淡水魚がシャボン玉を吐いた。
手入れの良くされた水槽は、水が澄んでいて、常に快適そうな環境が保たれている。未だ見たことのないお隣さんの性格がうかがわれた。命ある生き物を進んで飼うような人はきっと、私のようにぼんやりとはしてはいないのだろう。
いつものように満足するまで眺めてから、鍵穴に差し込もうとしたとき、端で何かが動いた。
びくりと心臓が跳ねて正体を見届けようと、目を向ける。それは、近代的な黄色いポストの陰になって、蹲っている人影だった。
脳天のつむじから左右に流れた黒髪が、陽射しを反射してつやつやと光の輪っかを揺らす。
「ねえ」
返事がないのを不審に思って近づくと、薄手のカーディガンの両袖を掴んで上下に震えているのに気づく。
「!」
浅くて忙しのない息だった。
(脱水症状…!?)
袋で一緒くたになっている飲料ボトルを引っ張り出して、飲ませる。
「落ち着いた?」
うん、と頷いて立ち上がった彼女のカーディガンの下は、近所の高校の制服だった。
「真夏の昼間に外を彷徨うときは、水分を持ち歩くものじゃない?」
スカートの砂を払っている彼女を目にそう口にすると、まだ強張っている彼女の青い顔が、怪訝な表情をした。
「家の人呼ぶ?」
今度は、意思の強そうな一文字の唇を引き結んで、首を振る。肩に触れないロングボブの髪が左右に揺れた。
「トマトカレー、好き?」
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