12人が本棚に入れています
本棚に追加
1
商業都市ディオル=レアンに到着したのは、翌日の昼前のこと。
リゼが決めた宿は、町の中央を東西に流れるトゥロワール川沿いにある中堅の宿屋。
男ども(御者をふくむ)4人は3等級室で、女性2人は2等級室のダブルになった。締めて34ロット。
規定金額を下回ったので、その条件でタチバナ兄弟(不仲)は認めた。
だが、納得いかないのは一日召し使い権を賭けたギブリだ。
「おれらが3等級室で、お嬢さんが2等級室はまだ分かる。だが、なんでお前までちゃっかり2等級室に収まってんだよ」
「おーっほっほっほっ。そんなの、宿屋を決めた役得に決まってんじゃないのほー」
「オレ、どっちでもいいぜ。どうせ一晩だけだし」
ジュークが面倒くさそうに言った。するとエイシスも、
「右に同じくだね。そんなことよりお腹へったよ。アルトちゃん、夕飯何が食べたい?」
「フタツノウサギのシチューの味が忘れられません」
「うーん。そればっかりじゃなくて、もっと栄養バランスのいい物も食べないと」
「シチューは栄養バランスは摂れています。お野菜やお肉の旨味が凝縮されてるんです」
「いや、うん。でもそういうことじゃなくてさ……」
「おい、エイシスっ!」
「ギブリ。頑張ってリゼの一日召使いしてあげなよ」
「なあ、エイシス。姉貴の部屋。一応、調べていいか?」
ジュークが横柄にお伺いを立てる。兄さんとは頑なに呼ぶ気はないようだ。
「そうだね。窓から見える風景で監視を受けそうなポイントがないか記憶しておいて。ついでに君の力でベッドの調整もしてあげるといい。──リゼ。立ち会ってあげて」
「了解。先輩は?」
「念のため、この建物の周辺をひと通りまわってくるよ。──ギブリ。ロビーで出入り客の観察。部屋の調整が終わり次第、ロビーに集合にして今夜のお店を探そうか」
エイシスが指示を出すと、ギブリをその場に残して上階と外へ散っていった。
「ええいっ。くそーっ!」
「負けて悔しいなら、賭けなんて最初からしなければいいのに……素直じゃないな」
そう思うエイシスだった。
§ § §
2等級室は3階にあった。
ジュークはまず、ベッドの毛布とシーツをはぐると、玉状に丸めて両手に抱える。
「よっ……と」
ぶもっ。毛布とシーツの玉が、ほのかに光を放った。
次に、それらを分離して毛布をスツールに残すと、シーツを窓の外へ出してばさばさと篩いだした。微かにホコリの燃える匂いが室内に入ってきた。それが終わると毛布もやる。
「悪いんだけど、リゼ。毛布の端、もってくれる?」
やはり少年一人で毛布を煽るのは重かった。
「オッケー……で、これ、なんの儀式?」
「シーツに付いてるダニとかノミとかを魔法で焼き殺して、外に捨ててんの」
「えっ、魔法? 君、その歳で魔法が使えるの?」
「正確には違うけどな。【光】のマナで気絶させて、【火】のマナで炙って駆除してる。一晩だけだったらこれで充分だろ?」
「へ、へえ。君、そんなことできるんだ。すごいね」
手放しで驚かれて、ジュークも悪い気がしない。ちょっとだけ肩をすくめる。
「毛布焦がさずにやるのが、難しくてさ。……祖父ちゃんに、これも修行だって」
ジュークは、殺虫済みのシーツをベッドの上に広げて手慣れた様子でベッドメイキングしていく。シワひとつないベッドコンディションに、リゼも思わず呆れてしまった。
「ねえ。毛布だけでいいから、あたしのもその魔法、頼める?」
「え……うん。別にいいけど」
ジュークは頭をかいた。一瞬でこの姉さんに、こちらを身構えさせず懐に入られた感じがした。頼んだら即応してくれるし、年下から呼び捨てにされたって気にしない。気安いのだけれど馴れ馴れしくない親しみを感じる。不思議な人だった。
ただ、彼女と同じセンスの眼帯を付けさせられたのは、エイシスの嫌がらせだということだけ理解できた。
「っ? ……ジョーイ。リゼさん。何か落ちました」
アルトがリゼの毛布から落ちた紙切れを拾う。
ふたりは毛布を持ったままアルトの紙を覗き込んだ。
[ 4CFLへ いなご豆 金床は4回 娘に取次がせるな
用件は眼玉二つ 雨はやんだか 月が読めない ]
「なんだ、これ」
「前の客の忘れ物かしらね」
ジュークとリゼが横から覗きこんで小首をかしげた。
「……」
アルトはメモを持ったまま、おとがいを摘まむ。
(かっ……かわいいっ!?)
ジュークは思わず見惚れていると、リゼに肩を小突かれた。
「ほれ、見惚れてないで。もうひと踏ん張り。これ終わったら、晩ご飯食べに行くんだからさ」
「お、おうっ」なぜバレた。
虫干し魔法(?)が終わると毛布をベッドに戻し、窓を閉めてリゼが部屋に鍵をかける。
「あのう。リゼさん」
「ん、なあに」
「地図はお持ちですか」
「あ、ごめん。持ってない。でもギブリが持ってると思うよ。でもあれって、ダリア全体の道路地図だったはずだけど。どうかしたの?」
「いえ。とういうことは……どこか特定の場所にある……そうよね」
アルトはブツブツ言いながら、廊下を歩き出す。
「ちょっと。大丈夫なの。どうすんのよ、あれ」
「いや、オレに訊かれても……」
考え込みながら階段からおりるので、アルトが足を踏み外さないか恐々としながら二人は背後をついて行った。
「いかがされましたか、お嬢様」
フロントのカウンターテーブルに背伸びをして、アルトはフロント係に声をかけた。
「こちらに、この町の地図は置いてありますか」
「ええ。はい。ございますが」
そこへ、ギブリが察知して近づいてきた。リゼに声をかける。
「リゼ。どうかしたのか」
「お嬢さんが地図を見たいんだって」
「地図? ならおれが持ってるぞ」
「ううん。道路地図じゃなくて、この町の地図らしいのよ」
「この町の? だって、おれ達はさっき着いたばかりだろう」
「うん。そうなんだけど……あたし達もあの子の頭の中がちょっと分かんないのよねえ」
ギブリとリゼのやり取りしている間にも、アルトはフロント係に地図が掲示しているラウンジソファのある場所まで案内された。その後を3人もついていく。
「こちらになりますが……」
壁に掲示されていた大判の町地図を指し示すと、フロント係はいったん端によけて控えた。
「うん……ここでいいみたい。──あの、ここって、このお宿からどう行けばいいのですか?」
アルトが指し示した地区を見て、フロント係は表情を凍りつかせた。
「えっと。……あの。お嬢様。こちらは、その……あまりお奨めできません」
「どういうことでしょうか?」
「それはっ。その……大人の男性が夜を忍んで参られる、界隈と存じますが」
フロント係もしどろもどろに応じる。歓楽街とは言いにくい。
「それなら昼間でも、子供は行ってはいけない場所でしょうか?」
「ひ、昼間っ? となりますと、ええ……なかなか難しいかと」
アルトは、握り拳を小さなあごの下へ押し当てて、何か考え込んでいる。
もう勘弁してくれ。フロント係は彼らの中で一番保護者らしく見えたギブリに目で訴える。
「なあ。お嬢さん。そろそろワケを話してみてくれねーかな」
「ええ。でも実際にこの場所に行ってみれば、すぐに答えは出ると思うのです」
「答えって?」
アルトは拳を押し当てたあごを左右に振る。やけに大人びた仕草に、周りが困惑する。
「姉貴。ギブリ達に部屋で拾った紙切れを見せてやった方が話が早くねーか?」
「……そう、かな」
だめだこりゃ。姉は今、周囲の同意よりもたった一つの答えを求めている。祖父譲りの集中力。ジュークは処置なしと顔を振った。
「なら、エイシスが戻って来るまで待ってから話すっか?」
すると、そこまでは待ってられないらしい。アルトは渋々、部屋で見つけた紙切れを弟に預けた。ジュークはそれをフロント係に見せた。
「なあ、これ。2等級室の毛布の中に入ってたんだけど。どういう意味かわかる?」
受け取るなり、フロント係は顔色を変えた。少女の好奇心の原因がこれだと察して、忙しくかぶりを振った。
「大変申し訳ございません。当方といたしましてはまったく存じません。これは客室係の不備と捉え、担当の者に注意しておきます。どうかお許しくださいませ」
「いや、いいんだって。ところでさ、この宿の川向こうの建物って、何?」
するとフロント係はうなずき、地図を指さして、川の南側をさした。
「ここが当宿でございます。お部屋から望めますこの川は、トゥロワールと申しまして川幅58メートル。全長1012メートルのダリア最長の川でございます。
その川向こうとなる北側は、金融街となっており。その東に……お嬢様の仰られておられる、その、夜の町がございます」
「ふーん。そうか。うん。ありがとう。もういいよ。あ、紙返してくれる?」
「はっ。ははっ。それでは失礼致します」
ジュークの許可で、フロント係は解放された安堵の笑顔で会釈し、メモ紙を返して立ち去った。
「ねえ、ジョーイ。昼も夜もダメなら、朝に行けばいいと思わない?」
「姉貴ぃ……あと、その名前もマジ続けるのかよ」
ジュークがうんざりした顔で窘める。そこへ後ろから声がかかった。
「あれ。みんな、どうしたの?」
エイシスが帰ってきた。
最初のコメントを投稿しよう!